背後からの視線が痛い。じっ、とこちらを見つめ続けるレッドを無視するのも、そろそろ限界だった。

「…なんだよ、僕に何か用なの?」

振り返って文句を言う。微動だにしない視線にイライラした。

「お前、」

口元が緩やかに動いて、音が吐き出される。僕は眉を顰めずにはいられなかった。

「…なんで一人称、僕なんだ」

どうして自分の一人称が「僕」なのかなんて、今となっては些細なことだ。とりあえず「私」よりは言いやすいかなと思うけどさ。どうでもいいじゃないかそんなの。そう言えば、こころなしかレッドの眉間がきつくなる。

「…わかった。わかった思い出すから。睨まないでよ」

確かあれは、もう10年くらい前…


『お前の髪、変な色ー! 変な色ー!』
『ピンクだってー! きっもちわるー!』
『うるさいなあ、黙っててよ! あっちいって!』

私を取り囲んでいた奴らが走ってどこかへ行くと、ベルトについていたボールが開いてイーブイが飛び出してきた。胸に飛び込んでくるイーブイを抱きとめて、近くにあったベンチに腰掛ける。

『…また、気持ち悪いって言われちゃった』

片手で自分の頭に触れる。さら、と指が通る自分の髪は珍しい桜色。この桜色の髪は、周辺に住む子供たちの中にもいなかった。子供たちは自分たちと違うものを異端とする。さながらそれは、からだのなかの白血球が細菌を排除しようとするのとよく似ていた。異端者と認識されたユーリは、こうして言葉の暴力によって傷つけられていた。肩下まで伸びたその髪の先を弄ぶ。心配そうに顔を覗き込んできたイーブイの頭を撫でた。

『わたしの、この髪がなぁ』

短くはない髪、非力な腕力。自分を傷つける、こどもたち。イーブイがユーリの頬にすり寄った。このイーブイは親がくれたものだった。イーブイという種族は、このジョウト地方では珍しい。このイーブイをめぐってひどいことが起きたこともある。それ以来、人前でイーブイを出すことに危険を感じていた。自分の容姿は非力な女の子のイメージ像そのもので。隣を歩く、可愛らしい姿のイーブイではそれに拍車をかけてしまう。せめてイーブイが進化して強くなれれば自分の身くらい守れるだろうに、そのための、たとえば、進化の石だったりを、用意してやることすら出来ない。

『…そっか、』

はた、とユーリは気づく。

『わたしが、強くなればいいのかな、』

髪を切って、筋力もつけて。またあんなことになるのは嫌だからイーブイはまだ人前には出せないけど、わたしが変われば、何か変わるのかもしれない。イーブイのことだってわたしが守る。

『ブイ…?』


鳴くイーブイを撫でて、そのまま抱きしめれば確かな温もりがそこにあった。いつも感じるそれと同じなのに、とくんとくんと、鼓動を感じる。生きている。わたしの、ただひとりの相棒。
わたしは、この子を守りたい。

重力によって相殺されていた癖毛は、髪を切った途端に攻撃的に主張した。少しずつ筋力をつけて、鍛えた。自信と比例して、服装もより動きやすい、効率の良いものに変わっていく。
あの日の「わたし」はもういない。僕は「僕」だ…



「まあわかりやすく言えば、いじめられてたから。自己防衛だよ」

思い出したくもない過去に触れて、吐き捨てるようにそう言えばレッドはやれやれといったように肩を揺らした。

「お前…バカだろ」
「な…んだって? もう一回言ってみろ」
「バカ」

手近な段差に腰掛けて、レッドはゆらり、手を振った。

「イーブイを守りたかったのはわかった。…けど」

ゆらり、ゆらり。揺れた右手は指がたたまれ、気だるそうにあげられて、僕の腰についたボールを指差す。

「エーフィになった今、その必要がない」
「習慣なんだよ、いいだろ別に。それに、今は」
「ボスゴドラはノーカウントだ」

レッドは一瞬目を伏せてから、じろりとこちらを見た。

「それに関してはグリーンを頼れたはずだ」
「…」
「お前は人を頼らなさすぎる」

反論の余地は無かった。そこに、自分の自覚があったから。

「…もう少し、自分の仲間を信じた方がいい」
「信じてるよ!」

レッドの物言いに、激昂する。誰よりも何よりも、レッドを、グリーンを、自分の仲間たちを信じてる。それを否定するような発言を、レッドにはされたくなかった。

「確かに信じてるかもしれないが、それは表向きだろう。本当の意味での自分自身を預けてるわけじゃない」
「あ痛、」

レッドが音もなく立ち上がり、僕の左手を掴んだ。

「…はっきり言わないとわからないか」
「なんだよ、」

掴まれた左手を引かれて、よろける。体を支えようと伸ばした右手もレッドの手のひらに捕まって、自由を奪われた。

「お前のまわりに、お前を守ってくれるやつが、もういっぱいいる」

「お前が気づかないだけで、」

「強がる必要なんて、もうないんだ」

至近距離まで近づいたレッドが、そう囁く。いつのまにか腰に腕が回って、抱きしめられるようになっていて。

「みんなが、ユズキが。グリーンが…俺がいる」

「もういいんだよ、…ユーリ」


「なんだよ、頼みって。珍しいな」
「いや、グリーンにしか頼めないことがあってさ。頼むよ」
「なんだ? 爺さんの話か?」

きょとん、とした顔をするグリーンに、悪そうな笑顔を向けてやる。元チャンピオンの、現本部直属ジムリーダー。その肩書きの、権限が必要なのだ。

「正統に潰しにいこうと思うんだよね、今度は」



「ほら、見てよレッド! じゃーん」
「…」

胸元で光るバッジをレッドに見せる。相変わらず表情に乏しいが、少なくとも不快ではないのだろう。グリーンに頼んだのは自分の売り込みだった。売り込み、という表現はおそらく適切ではない。ホウエンのチャンピオン、ダイゴにボスゴドラの件でお世話になってから、その件以降の、ユーリが関連した全国各地の数々の事件の詳細がリーグをはじめとした重要機関に伝わったようだった。
現本部チャンピオンのワタルに、「情報伝達の阻害と齟齬が起きてた」「事実が報告されていれば」とたっぷり怒られたり(あの怒り方から察するに知らないうちに迷惑をかけていたようだ)、事件によってはユーリ本人にも過剰防衛なところが見られて問題が出たが、最終的に特別功労賞をもらったという一連の流れは比較的記憶に新しい。そのつてを使って、さらにグリーンにも推してもらうことで何か出来ないかと考えたのだ。人脈をフルに使った悪い手ともいう。

…そして、今に至る。
国際警察官、精鋭機動部隊、ポケモンリーグ本部所属。今ユーリの胸元についたバッジは、そんな肩書きを示している。正統に潰すとはよく言ったものだ、とグリーンが毒づいたのをレッドは聞いた。精鋭機動部隊とはその名の通りで、一人、もしくは二人で活動するものらしい。仕事内容は、地方の組織活動が過激化してきたときに制裁を下したり、仲裁役に入るなど、一般市民の生活に支障が出ないようにするための、非常に良く言うならば表社会と裏社会の円滑剤のようなもの。もちろん、場合によっては潜入操作やスパイ活動も行う。要するに、今までユーリが行ってきたことと大差ない。そういった意味で、ホウエン、シンオウでのユーリの行動は各地の機動隊員の仕事を奪っていたこととなる。それを指摘すれば、就任式のあとにその二人からどつかれたよ、とユーリは笑った。

「…あのね、レッド」
「…」
「僕はね、…今までずっと、守りたいと思って生きてきた。そんで、今もこうやってさ。みんなを守る仕事に就いた。これはね、僕が選んだ道なんだ」

ユーリは一瞬だけ淋しそうに笑って、すぐに表情を変えた。幼さと凛々しさが共存する、少女の顔。

「でもね、レッドが言ったことを忘れたわけじゃないんだ。僕はみんなを守る、けど」

「…レッドたちには、わたしを守ってほしい」

切り替わった一人称に、少なからず驚く。指摘しても変わることはなかった一人称。ユーリにとって『僕』が自分を守るための防護壁だというなら、その壁を打ち崩したことになる。それが示すことにレッドも表情を緩めて、自分の幼馴染と、数年にわたって迷惑をかけたその友人と、目の前の女の仲間たちの顔が浮かんだ。ふと笑みがこぼれそうなことに気づいて、恥ずかしくなってくちづけた。



誓いのキスは君にあげる





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