ユーリが持ってきた薪を燃やしながら、2人は久しぶりに向かい合って座っていた。ピカチュウとレントラーが駆け回るのを眺めるウインディをよそに、2人の間にはどこか不穏な空気が漂っていた。

「あー…グリーンが心配してたよ」

返事は返ってこない。出会った当初と違って、まったく話を聞いていないというわけではなさそうだった。それでも不自然なまでに細かな動作を起こしていることによって、はぐらかされているような、無かったことにされているような気がするのも確かだった。

「やっぱりさー、寒いってここ」

薪をくべ直す。

「次は防寒具持ってくるよ」

帽子のつばを下に引く。

「それとも炎タイプ連れてこようか。ウツギ博士のところにヘルガーがいるんだ」

上着の襟を直す。

「…それとも今日ウインディ置いていこうか」

帽子をかぶり直す。

「あー…と、それからさー…」

意味もなくポケットを探る。

きりのないこのやりとりに、ユーリも耐え切れなくなった。聞こえているはずなのに無視されている感じがいたたまれなくて、それは逆に、完全に話を聞いていないということより辛い。

「…あのさあ!」

勢いよく立ち上がり、相も変わらず角度の調整を続けるレッドの帽子を奪う。あらわになった彼の目は、意外なことに驚いたような動揺したような色をしていた。帽子を掴んだ手に力が入る。第一印象は「酷く濁った目」だった。あの頃に比べたら多少緩和されたが、それでもなお光が灯っているとは言いがたい。たった数年前。数年前には自分と同じように純粋に強さを求めて旅をしていたはずなのに。その事実さえ今は遠いような、そんな目。そんな目を濁らせるほどの事件。

「…お前のポケモンに、会ったよ」

レッドの瞳が揺れたのがわかった。彼の感情がこれほどまでにはっきりと表れているのを、ユーリは初めて見た。

「…お前、酷い奴だよ」

絞り出すように吐き出した声は思っていたより小さくて、レッドに届いたかどうかすらわからない。

「あいつら…あいつらはさあ、自分を盾にしてでもお前を守りたかったんだろ」

目を逸らすレッドの視線を追って、左手でレッドの胸元を掴み上げる。逃げようとしている。そう感じた。聞きたくないと言っているような気すらして、苛立った。

「なのになんで逃げんだよ!」

掴み上げた左手に力がこもる。

「あいつらの気持ちを踏みにじったのとさ、同じだよ。酷いよ」

フシギバナの焼けた背中、破れたあとの残るリザードンの羽根、カメックスの欠けた砲台。それらはきっと、すべてレッドを守って出来た傷だ。普通のバトルでそこまでの損傷が出るわけがないから。彼らにとって、その「主人を守って出来た傷」がどれだけ誇らしいものであるか、その主人が自分たちを置いて失踪したという事実がどれだけ彼らを苦しめたか、想像するのは難しくない。一拍おいたあと、視線をどこかへと投げていたレッドが静かに口を開いた。

「じゃあお前は、自分のポケモンが自分をかばって怪我して、嬉しいのか」

視線がゆっくりと動いて、ユーリの目を見る。射抜くような視線に、敵意こそ感じないものの確かな威圧感を感じて、目の前にいるのが伝説だのなんだのと呼ばれたトレーナーであることを改めて実感する。ポケモントレーナーとして、大げさな物言いではあるが、死線を越えた人間の目だ。

「…嬉しいわけないだろーよ、そりゃ」
「じゃあ、俺があいつらを置いていった理由くらいわかるだろ」

レッドの言うことはもっともだった。返す言葉に詰まって、困ったのも事実だった。自分といることでポケモンたちが傷つくなら、確かに自分もレッドと同じようにポケモンを置いて出て行くかもしれないと思った。

(でも、それってやっぱり納得できない)

胸倉を掴むユーリの手を、レッドはそっとほどいた。怒ったような雰囲気はなく、後悔している風でもなく、ただ、何も感じていないような、それを演じているような手つきだった。

「…僕なら」

俯いたユーリの顔を、レッドは見ることが出来ない。見たくないというほうが正しかった。

「僕なら、黙って守られたりしない。僕を守ってくれるこいつらを、僕が守るよ」


見なくても顔をあげてはっきりと言ったのがわかるくらい、ユーリの声はまっすぐで、ぶれがなかった。

「理想論だってのはわかってる。でもそれを可能にするための努力って、出来ると思うんだ。僕は。…レッドの言ってることは間違いじゃないよ。一方的に怒鳴ってごめん」

しゃがみこんで、いつの間にか足元にいたピカチュウを抱き上げる。主人たちが何か言い合ってることに気づいたのか、気がつけばポケモンたちはじっとしていた。

「そうだ、ピカチュウにお菓子持ってきたんだよ。みんなで食べよー」

暗くなった雰囲気を変える様にユーリが明るく言ってポケモンたちもそれに乗ったが、やはり空気はどこか重いものだった。




「それじゃあ、今日は帰るよ」
「…」

頷くレッドに背を向ける。

「こないだは悪かった」
「…え」

突然かけられた声に、反応が遅れた。

「お前のことは…別に嫌いじゃない」

どこか口ごもったように言うレッドはどこか新鮮だった。単語だけで会話してた頃とは大きな違いだ。

「どうせ、グリーンが色々吹き込んだんだろうけど」

レッドの方を振り返る。相変わらず表情に乏しくて、何を考えているかどうかまでは把握できない。

「…そうだよ。グリーンに文句は言わないでよ。良かれと思って話してくれたんだし」
「グリーンの判断なら別にいいよ」
「…? そのわりに、グリーンのよこしたお友達には顔すら見せないのな」

返事の代わりに、レッドは帽子のつばを下げて背を向けた。

「また、来るから」

その言葉にひら、と手を振って返したレッドを見てから、ユーリも鞄から穴抜けの紐を取り出して前に向き直った。知らないうちに口元が緩んでいたことに気づいても、ユーリはそれを止めることができなかった。






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