グリーンと話し込んでからしばらく経った。一度帰省してみたり、ウツギ博士に会いに行ったりもしたが、やはり頭の片隅に引っかかっているものがある。レッドだ。

「僕にまかせろとは言ったけどさ…」

今更会いになんて行きづらいじゃん、とぼやきながらうなだれる主人を、エーフィは再三眺めた。思い立ったが吉日タイプの主人にしては珍しく考え込んでいる。

「ねえ、どう思う? 今更すぎる? むしろ逆に今更すぎて平気?」
「フィー」

どっちでもいいよ、と言いたげに鳴いたエーフィの頭を撫でながら、ユーリは溜息をついた。いくらレッドが訳有りだとしても、本人から嫌いだときっぱり言われている。そのことがユーリの足を止めている理由だと言っても過言ではない。

「僕友達少ないんだよ…」

しゃがみこみ、項垂れる。頭のてっぺんにエーフィが鼻先を突っ込んだのがわかった。胸を張って言うことではないが、自分は交友関係が非常に狭い。ボスゴドラの件を理由にはしたくないが、その件によって表街道を避けてきたのは事実であり、その延長としてホウエン以降の旅でほとんど人と関わらなかったのも事実だ。ジョウトやカントーを旅していたときの知り合いや友人もいるが、腹を割って話せる友人という点ではさらに限られた。
過ごした時間こそ短くても、レッドはそういった友人になれる要素を持っていたのに。あれだけきっぱりとお断りされては普通に顔を合わせることすら気まずい。意味のない言葉を発し続ける主人を見かねたのか、エーフィはユーリの髪に突っ込んでいた鼻先を持ち上げて素早く主人の腰に回り込んだ。取り付けられた順番こそバラバラではあるが、中に誰がいるのかなど一目でわかる。エーフィは迷わずに1つのボールを叩いた。叩かれたボールからは即座に、待ってましたと言わんばかりに羽を伸ばしたボーマンダが飛び出してくる。

「ちょっと何してんの! …ボーマンダも! 出てきたらだめだって…うわっ」

ふわ、と浮遊感。ボーマンダを戻そうとボールに手をかけた体が傾ぐ。念力だ。エーフィを睨めば心なしかしてやったりという顔をしていた。そのままボーマンダの背に乗せられ、エーフィは自分の足元へ。軽やかにジャンプして、自分のボールへと鼻先タッチ。赤い光線に包まれながら、ボーマンダへ軽くウィンク。ボールに戻っていくエーフィを見届けてから、ボーマンダは地面を蹴った。目指すは、シロガネ山の頂上。




「…ピ」

ピカチュウの耳が動いた。聞きなれない音でもしたのだろうか。視線を天井に開いた穴から見える空に投げ、何かを探すように見つめている。空はいつものように雪雲に覆われていて、特に何か変わった様子もない。

「…ピ、…ピカ…!」

ピン、と急に尻尾を立てて、俺の方を振り向いた。

「どうした?」

声をかければピカチュウは珍しく心底楽しそうな、嬉しそうな顔で瞳を輝かせる。続いてぴょんぴょんと飛び跳ね、空を指差した。指の先を追ってみても、俺にはよくわからない。

「―――」

…何か聞こえる?

「―――――」

何かが吼えているような音がする。可能性としてアブソルの姿を思い描くが、空から聞こえてくるのだからその可能性は薄い。その音はだんだんとかなり速い速度で近づいてきて、俺の脳の片隅にまさか、という思いを抱かせる。空中を移動できる、もっと的確に言うなら空が自在に飛べて、吼えることが出来て…まずここまでで絞り込めるのはドラゴンタイプのポケモンであるということ。そこまで考えて、ピカチュウの顔を見て。やはりという思いと、そんなはずはないという思考が綯い交ぜになる。それでも、ピカチュウがこんな顔をするような相手はだいぶ限られているという事実があった。そんなはずはと思った瞬間、雲の陰から飛び出す青。――ボーマンダだ。そのままボーマンダは物凄いスピードで突っ込んできて、天井の穴から飛び込み…その勢いのまま、床に着地した。

ドゴォォ…ン…

土煙が巻き上がる。やがてその中にボーマンダのシルエットだけが浮かび上がった。

「…ピ、ピーピ! ピーピ!!」

駆けていくピカチュウを見ながら、帽子を深くかぶり直した。…どうして。


土煙から自分を守ってくれているボーマンダの赤い翼に薄く霜が張り付いているのを見て申し訳なくなった。苦手…どころか生命維持にも支障が出るだろうあの雪の中、あの速度でここまで飛んでくれたのだ。踏み出せない自分のために。ぶるぶると体を振るわせる。絶対辛いはずなのに、こちらを見て笑って見せた。

「…ばかなんだから、本当」

背中に跨ったまま、首に抱きつく。

「ありがとう」

喉をぐるぐると鳴らすボーマンダをボールに戻す。背後から駆けてくる小さな足音の主と、その主人に向ける笑顔を作る。悪くない。

「ピーピ!」

足元に感じる質量と温度。それを顔の近くまで抱き上げて、目を合わせてから抱きしめる。

「ピーピ、ピッカ! ピカッチュ、」
「久しぶり、ピカチュウ。元気だった?」

それから、少し離れたとろにいる彼を見た。


「…よう。久しぶり、レッド」






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