「レッドへの圧力は、俺が想像していたものよりずっと重かった…見ればわかるだろ」

俺がレッドの助言通りに、本当に何もせず、近くにいたら巻き添え食うかもしれないよと言われたままふらふらとジョウトまで行っていたあいだ、ずっと。そう自嘲するかのように笑ったグリーンにかける言葉が見つからない。随分昔のような気がした。ユーリとグリーンが出会ったのは大体5年前、ジョウトのジムバッジを集めるために旅をしていたユーリと、トキワのジムリーダーとなるためにフィールドワークをしていたグリーン。

「…無駄にふらふらしてたわけじゃないだろ」
「同じことだ、今となっちゃ」

どっちにしろ何もしないで、自分のためにせっせと旅してたんだから。

「レッドはさ、昔から口数少ない奴でさ。長いこと幼馴染やってるけど、いつもあんな感じ」

それでも、本当に何も言わなくなってしまったのは。人を信じなくなってしまったのは。あの頃からだったと思う。無事にジムリーダーに就任したあと、それなりに忙殺されてレッドの動向がしばらく掴めない時期があった。その頃にはもう目立った騒ぎは無かったし、グリーンがジョウトに行っていた間レッドに何が起きたかという詳細まで、調べている時間はあまりとれなかった。そしてジョウトのバッジを集め、はるばるカントーまでやってきたユーリに付き合って、バッジを渡して…ユーリはホウエンに行った。そして、それと同時期にレッドはチャンピオンの契約を破棄してシロガネ山へと向かった。唯一の友人であるグリーンに、ピカチュウ以外の手持ちを全部預けて。

「そのあとレッドとは」
「ほとんど…いや、まったくか? 会ってない…何度も会いには行ってけどさ、見つけられなくて。ジムもあるからそんなに頻繁にも行けないし。あいつもあいつなりにフィールドワークとかしてんのかね」

だからユズキにいろいろ頼んでるんだ、そう言ったまま、沈黙が降りる。

「…なあ、ユーリ」

続く言葉はわかっていた。ブランクがあるとはいえ、ユーリだって長い付き合いなのだ。

「わーってるよ」
「…、」

ユーリの口の端が微妙な曲線を描く。いつもとなんら変わらない、見慣れた笑顔だ。なんの根拠も確証もないのに、それでも自信にだけは溢れたこの笑顔。ユーリがこういう風に笑うとき、言うことは大体決まっている。そして不本意ながらも、事態はいい方向に向かっていくのだ。

「僕にまかしといて」
「…ああ」

2人は笑った。話を聞いていたレッドの仲間たちが、目を見合わせてはどこか安心したように息をつく。

(…それでも、俺はこの笑顔を撒いてみせるこの女の、すべての顔を知っているわけじゃない)





「ただいまー」
「あら、お帰りなさいグリーン。早かったの……ね………」
「わー! お久しぶりですナナミさ…」

トキワに戻るのも面倒だし、ということで今晩はグリーン宅に泊まることになった。訪れるのはトキワジムに挑戦していた頃以来になる。グリーンの姉、ナナミとも会うのは久しぶりだった。

「――――!?!!?」
「お、おい!?」

 ガ バ ッ 。

「よかったあああユーリちゃんユーリちゃん! ずっと連絡がないから心配してたのよ!もう、ユーリちゃん可愛いからどこかの馬鹿な男に捕まったりしないか私心配で心配で…!!」
「ナナ…ミさ…くる…し……」
「姉ちゃん落ち着いて! 落ち着けって! 死んでる! ユーリ死んでる!」

ユーリを抱きしめたまま離さない姉を処理するのに、グリーンはだいぶ骨を折ったという。

「ごめんなさいね、ユーリちゃんが来たから嬉しくって」
「さっきのは明らかにやりすぎだっての! ったく、俺の身にもなれよな」
「まーまー。気にしないでよ。僕だってナナミさんには会いたかったしさ」

疲れの見えるグリーンを宥めつつ、ユーリは部屋を見渡す。きれいに片付けられた部屋に、可愛らしい小物。かかっているカーテンも敷かれているカーペットにも、ひとつひとつのものにナナミのセンスが溢れている、いい部屋だった。前に来たときと変わらない。3人で夕飯を囲むのも、久しぶりだった。

「じゃあ、私ユーリちゃんの部屋の支度してくるから。申し訳ないけど、後片付けは頼んでもいいかしら?」
「ええ、まかせてください」
「お風呂は沸かしてあるから、片付けたら入っていいからね」

そう残して2階にあがっていくナナミを見やりながら、グリーンは口を開いた。

「なあ」
「ん?」
「アレだけ昼間話し込んどいて悪いんだけど、まだ話が残ってるんだ」
「えー、綺麗に片付いたじゃんあの話! 僕がなんとかするって方向でさあ、」
「いいから。…今晩、俺の部屋に来ること。いいな」

そう言って手早く食器をまとめて、キッチンへと消えていく。
食卓に残されたユーリは先ほどまで浮かべていた表情を崩すと、諦めの色を浮かべ……やがて、表情を無くした。







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