まだ暖かいコーヒーカップを揺らしながら、ユーリは口を開いた。

「レッド、寂しそうな顔してたよ」

「手持ちもほら、ピカチュウだけだし」

「なんでまた、あんな…人避けてるみたいにさ」

みたい、ではなく確実に人を避けているという確信はあったが、認めてはいけない気がして曖昧に濁した。

「ピカチュウ置いてどっか行っちゃうし」

「戻ってきたと思ったら訳わからないことしだすし」

「酷いこと、言ったりするし」

矢継ぎ早に繰り出されるユーリの言葉を耳に入れながら、グリーンは少しカップの中身を見つめ、小さく溜息をついた。

「あいつ…レッドさ、結構いろいろあったんだ」
「いろいろ?」

オウム返しに尋ねれば、グリーンは静かに頷いた。

「レッドは凄い奴だ。俺の知らないうちにロケット団解散させたり、ガキの頃からじーさんの傍にいた俺のことも追い抜いて、実力メキメキつけて。んで、チャンピオンになった。あいつがすげー奴なのは、俺が一番よく知ってる」

どこか誇らしげに言って、グリーンは急に眉間に皺を寄せた。


「でも、そんな風に思わない奴もいた。…レッドは、順調すぎた」
「それって、」
「ああ。レッドをよく思わない奴が、少数だけど、いたってこと。チャンピオン就任のあとは、特に酷かった」

レッドがチャンピオンになったとき、彼は子供だった。至上最年少のチャンピオンという肩書きに、どれだけの人間が食いついただろう。挑戦者を蹴散らす彼を尊敬の目で見る人間の中に、確かに、憎悪の目で見る人間がいた。多くなくとも、いた。そんな小さな火種は、情報操作という暴風によって、やがて大きな爆炎となっていく。

「…俺も馬鹿だったからさ、レッドに聞いたんだよ、何か出来ることないかって。そしたらあいつ、グリーンはオーキド博士の孫だから、何もしなくていいって言ったんだ」

オーキド博士の孫として、グリーンはずっとに視線を集めてきた。多様な意味を孕んでいただろうその視線は、それでも「オーキドの孫」という肩書きによって守られてきた。旅の途中でも、その肩書きに守られたことは少なくない。彼がチャンピオンになったときも、きっと彼の知らぬところで、やはりその肩書きに守られていたに過ぎない。

「ユーリがここのジムバッジ持ってホウエンに行った頃かな…いや、もう少し前か、あいつはチャンピオンの契約を破棄した」

グリーンが席を立つ。

「ちょっといいか? 見せたいもんがある」


外に出ると、もうすっかり太陽は真上に昇っていた。日差しが目に痛い。

「…シロガネの頂上さ、いつも雪が降ってるんだ」
「シロガネ、結構標高あるからな。さみーだろ」

ユーリはレッドのことを思った。あの薄暗い洞窟で、雪雲に覆われた空を眺めているのだ。きっと今も、一人きりで。

「ほら、行くぞ」
「え、どこに」
「マサラだ」

放ったボールからピジョットが羽根を広げて飛び出してくる。ユーリもボーマンダを出し、グリーンがピジョットに跨ったのを確認して、自分も青い背中に跨った。

「こっちだ」

グリーンの家の前で降りると、お互いにポケモンをボールに戻して歩き出す。オーキド研究所の裏口から中に入り、多数あるドアの中から1つ、選んで開ける。

「ここ、俺の部屋。ほとんど使ってないんだけど」

ドアを開けると、家具のあまりない、小さな部屋があった。その部屋の真ん中に置かれたテーブルの上に、モンスターボールが5つ、転がっている。グリーンはそれを抱えて、部屋を出た。普段開放している研究所の大草原とは別の広場に行くと、そのボールを一斉に放り投げた。宙に浮いたボールがゆっくりと開き、光が拡散する。それはゆっくりと何かの形をとり…地面に着地した。

「よしよし、久しぶりだな」

グリーンは1匹1匹撫でて回る。その姿を見ながら、ユーリは唖然とするしかなかった。

「お前らの主人に会ったって奴が、いるんだ」

ボールから出てきたポケモンは5匹。フシギバナ、カメックス、リザードンというカントー地方でも野生体は貴重だという3匹のポケモンの最終形態に、カビゴン、ラプラスというこれもまた希少なポケモンたち。驚いたのはただ単に珍しいからというわけではなく、彼らの体中に、妙な傷跡があったからだった。切り傷、部位の破損、火傷跡…見ているだけで痛々しい。

「ね、ねえグリーン、まさかこいつら」

背中の甲羅が欠けたラプラスを撫でるグリーンは背を向けていて、ユーリからは顔が見えない。

「ああ、そのとおりだよ。レッドのだよ」


振り返ったグリーンは、悲しそうな顔をしていた。






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