「…ん」

どうやら寝てしまっていたらしい。身体を起こして天井の穴を見れば、昨日より多少明るい空がのぞいていた。

「あれ…」

レッドは?自分は地面に横たわって寝ていたので、きっとレッドは先に起きて行動しているのだろうと推測。ポンチョを羽織直して、探しに行こうと思った。

(…探しに?)

なんでだろう。わざわざレッドを探す必要はあるのかと自問自答する。別にレッド本人に用事があるわけでもなければピカチュウに用事があるわけでもない。ましてや仲間たちが彼らに用事があるわけもない。

「…理由なんて、ないのかもなあ」

たとえばそれがレッドじゃなくてグリーンだったら、その答えはもっと明確に、理由なんてないと言い切れる。近くにいるから会いに行く。そこにいるなら、会いに行く。そんなもの。自分がその人の傍にいたくて、自分が、自分に必要だと思う人。レッドもそういう人になってきたのかと、ふと思った。

「あ、いたいた」

下のフロアの奥にある、小さな洞窟。そこにレッドはいた。後ろから近づいて声をかける。

「何」
「いや、何って…別になーんにも。姿が見えないから探しに来ただけ」
「…」

何か変だ。レッドが口数少ないのは重々承知だけど、ここまで空気を鋭く、さらに重くさせているレッドは見たことがない。

「…レッ、ド?」

「俺」

レッドが口を開く。普段動きに乏しいそれがゆっくりと開く様を、じっと見つめる。レッドが自分から何かを言い出すのは珍しい。

「ずっと思ってたんだけど、俺」

「お前のこと、すっごい嫌い」

急に空気が冷える。唐突の告白。嫌いだと言われた。レッドに。唐突だろうが前置きがあろうが変わらない言葉。拒絶の言葉だった。

「あ、ああ……そうか」

少し頭がくらくらした。くらくらというよりは、予想外すぎて処理が追いつかないというか。それなりに衝撃的というか。好意的ではないだろうが、それでも数日は一緒にいるのだから嫌いとは思われてないだろうと高を括っていたのは確かだ。動かない頭で言葉を探す。何を言えばいい? 何を言えばこの場を、

「あ、そうだ…こないだ、ほら、ユズキさんから連絡があっただろ、雪が降るって話のほかにさ、予定より早く下の工事が終わりそうだって、もうすぐ終わるみたいなこと…言ってたんだ」
「…」
「僕、山降りて…その工事の手伝い、して…そのまま、帰るよ。それ言いたくて」

レッドからの返事はなかった。逃げるようにして、僕は洞窟をあとにした。



腰のボールがカタカタと揺れていた。ピカチュウのことだ、外に出たいに違いない。でも、その許可は出さない。今はピカチュウにも、文句は言われたくなかった。俺がどうかしていたんだ。あいつのことがわからなかった。読めなかった。そんなことは、今の俺たちには許されない。
今から大体2年くらい前の話だ。ロケット団を解散させて、チャンピオンだったグリーンを倒して、俺はチャンピオンになった。オーキド博士の孫という肩書きを持ったグリーンを俺が抜いたことは、「それなり」に報道機関で「それなり」に報道された。もちろん、そのロケット団関連のことも「それなり」に報道された。それなり、の内容はちょっと言いたくない。だけど、最年少チャンピオンという実態に疑いを持つ連中も少なからずいて、ロケット団解散からリーグ突破までを出来レースみたいだと思う連中もいて、そういう考えを増幅させるような報道も「それなり」にあったということだ。俺たちのところに来るトレーナーは、みんな俺に、俺の仲間たちに危害を加えようとする奴らばかりだった。ロケット団の残党ならまだいい。情報を鵜呑みにした奴らが連日、俺の元へとやってきた。そのうち、俺がチャンピオンであることを認めないと言う奴らも、多くなっていった。情報操作による精神攻撃。俺を待っていたのはそんな現実。そして俺は、いつからか人を信じなくなっていた。人当たりよさそうにしていて、腹の中で何考えてるかわかったもんじゃない。俺を守ろうとする仲間たちが、俺のために、人間によって、人間のポケモンたちによって傷つけられていく。そんなことには耐えられない。俺はグリーンに手持ちを預け、ピカチュウだけ連れてこのシロガネ山に来た。

ぱぁん!
軽めの音がして、ボールが開いた。

「ピッカ! ピカピカ!! …ピーカッ!」

勝手に出てきたら駄目だろう、そんなことを言う間もなくピカチュウは俺の足元に鋭く電撃を放つと、洞窟を飛び出して行った。仕方ないのかもしれない。あれだけ懐いていたから。
山に篭ってそれなりの期間になる。そこにあいつが現れた。まさかこの山に、俺のところに、グリーンとユズキ以外の人間が来るなんて、思ってもいなかった。その2人さえ遮断してしまえばもう誰にも会わないと思っていたのに、あいつはここにいた。自分の迂闊さに腹が立つ。同時に、あいつがいる生活に慣れ始めていた俺にも腹が立つ。でも、あいつと接していて楽しそうなピカチュウを見ていたら、それでもいいんじゃないかって。俺じゃもう上手に接してやれないから、ピカチュウがあんなふうに笑ってくれるなら、って。それでも、だ。それでも俺はあいつに出て行ってほしいと思った。

俺が戻ったとき、いつもの場所にピカチュウは座っていた。

「ピカチュウ」

呼んでも振り向かない。その様子を見て、周りをみて、納得した。あいつの荷物が、何一つ無かった。

「ピ…」

ピカチュウがゆっくり振り返る。瞳に涙が溜まっていた。目線を合わせるのに、腰を落とす。

「ごめんな、ピカチュウ」

帽子をとって、そのまま頭に被せてやった。俺に涙が見えないように。

「…これで、よかったんだよ」

ピカチュウがすすり泣く声だけが、静まった空間に響いていた。


あいつに出て行ってほしかったのは本当に本当だ。また人を信じそうだったから。人を、あいつを、信じてたくなるから。あいつに裏切られるのは、きっと、俺が耐えられない。









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