「さーて、でてこい!」
ボールを思いきり放れば、それなりに元気良く出てくる自分のポケモンたち。それなり、と言うのも、ついさっきまで修行していたからだった。
前回のレッドとの会話から一週間がたった。つまりはこの山に入ってから一週間たったともいうこと。山の中の探索はあらかた済んだ。とは言っても、壊滅状態の1階2階エリアはまともに歩くのも困難な状態だったのでノータッチである。結局、最上階エリアのあの空間が一番安全なのであそこを拠点として活動しているが、あの会話をしたあとにレッドと(物理的に)近い場所で生活をするというのは、そこそこ神経は図太いと自覚している自分でもなかなかに精神をすり減らすことだった。ピカチュウが好意的で可愛いのだけが幸い。ポケモンフーズが分けられるのを嬉しそうに眺め、そわそわするポケモンたちのなか、エーフィだけは心配そうにこちらを見ている。
「…大丈夫だよ、へーき」
そう言って頭を撫でる。ポケモンフーズを一通り分けたあと、自分も夕食を食べるべく用意した。
エーフィ、ボーマンダ、レントラー、ウインディ。自分の愛する仲間たち。
(あと、こいつ)
手元に残った、青いボール。きっと彼は寝ているのだ。この中で。
「ん」
タタタ、と軽い足音が聞こえて思考を止める。
「どーしたの、ピカチュウ」
膝の上にぴょこんと飛び乗った足音の主、ピカチュウは楽しそうに目を細めた。レッドが同じ空間にいるとわかっていると、心なしか気分が重い。ユーリは距離を広く取って座っているレッドを盗み見た。それでも、このピカチュウが近くにいるとどこか安心する。ピカチュウは特に何もすることなく膝の上でもそもそとしていたが、何を思ったのか急にユーリの髪を掴んで引っ張ってきた。
「痛っ…痛いよピカチュウ」
「ピーカー!」
彼に多少イタズラ好きの気があるのはもうわかっていることではあるが痛いものは痛い。
「ピーカー」
「痛いってばー」
「チューウー」
「いたた」
「ピッカァ! ……ピ、」
「いたっ!」
数本抜けた!と思ったら、目の前には硬直したままふわふわと浮いたピカチュウ、と、後ろで目を光らせているエーフィ。エーフィが助けてくれたのは明白だった。そのままエーフィはふわふわとピカチュウを運び、ぽんと地面に落とした。
「…ふう、ありがとね、エー…フィ……」
礼を言おうと向き直ったとき、突然横からレントラーが飛びかかってきた。と同時に前からもエーフィが飛んでくる。
「わっ…なに……ちょ、あはははは! やめてレントラーくすぐったい!」
気がつけば自分のポケモンたちに囲まれていた。ボーマンダとウインディが多少苦しい。
しばらくじゃれつかれて遊んでいると、その様子をポカンと見ていたピカチュウを誰かが抱き上げた。言うまでもない。レッドだ。気配を察したエーフィが、静かに警戒の意を示す。続く3匹もそれに習った。
「こら! やめろ」
そんな彼らを手で制す。それを見ながら、自分が如何に普段からレッドの件で露骨に感情をあらわにしていたかを思い知らされる。そうでなければ、自分のポケモンたちが、ましてやエーフィがこんなに敵意を剥き出しにするなんて考えられない。自分を守ろうとしているのだと、一目でわかった。
「どうしたの」
なるべく穏やかにレッドに尋ねる。腕に抱かれたピカチュウも、どこか所在無さげにしていた。
「…お前の」
「うん?」
視線がエーフィに向き、隣へと順々に流れていく。
「…幸せそう、だな」
向けられた視線が、一瞬細められた気がした。褒められていると気がつくのに、少し時間がかかった。口の端がつり上がるのがわかる。
「…ありが、とう」
人には興味がなくても、やはりポケモンは気になるのだ。エーフィはちら、僕を見た。軽く頷いて見せると、レッドをじっと見つめたあとに前に進み出た。エーフィは賢いポケモンだ。人の思っていることもよくわかるのだろうと思う。レッドは膝を折り、エーフィの頭にそっと触れた。
「…ピカチュウが、すまなかったな」
フィ、と軽く鳴いて、エーフィはしっぽを揺らした。