(…またか)

どこか遠くの部屋から聞こえる、聞くもおぞましい断末魔を鼓膜に受けながら私は身震いする。今度の奥方もまた、あの人の心の傷を癒すことは出来なかった、と。

私の主人は、かの有名な青髭伯爵だった。もう仕えて長くなる。あの人はもとは優しい方であった。剣の腕も強く、凛々しく、私のような使用人にまで慈悲を与えてくれる、心の優しい方であった。いつからこうなってしまったのだろう。彼がまだ若く、子爵であった頃。戦場で彼は一人の女性と出会った。どういう出会いをしたのか、私は知らない。女性がどのような意味を持って戦場にいたのかも、私は知らない。ただ彼はその女性に憧れ、恋慕の情を抱き、その戦場を去ったあとも、彼女の面影を探したという。やがて子爵はその女性を見つけた。身分の高い、聡明な女性であった。名前は、テレーゼ・フォン・ルードヴィング。ラントグラーフの血筋を受け継ぐ、ルードヴィング家の御令嬢。子爵と再会したときには既に御子を設け、幸せといい難くとも本人にはそれでよいと思えるような生活をしていたと聞く。彼女を友として、大切な、大切な女として、子爵は何かあれば来るようにと念を押して国に帰った。


「…おい」
「伯爵」


気がつけば、伯爵が近くまでいらっしゃっていた。
低い声で私をお呼びになった伯爵からは、隠しきれぬ血の匂いと、死の香りが纏わり付いていた。

「妻が死んだ。……次の妻の手配をしておけと、伝えろ」
「承知しました」

踵を返し、どこか落胆したような、それでいて何もかもを吹っ切ったような後姿を見送って、私もどこか落胆していたことに気づく。

あれだけ念を押して帰ってきた子爵の耳にいつか届いたのは、彼女、テレーゼの死刑が決まったという報告だった。魔女と呼ばれし彼女は町中を引きずりまわされ、晒し者にされ、そして火刑にされる。子爵は彼女の国へ戻った。それはそれは急いで戻ったという。
戻ったときには既に遅く、彼女は灰となっていた。魔女と呼ばれた彼女は、一体何を思って死んだのか。私はテレーゼを知らない。彼女がどんな女性だったのかを、私は知らない。ただ彼女を酷く慕っていた子爵は酷く落胆した。続いて当時の奥方の不貞が発覚したことにより、彼の心の傷はさらに深く抉れていった。彼は奥方を殺し、その死体を吊るして、鍵をかけた。

―――そして、今に至る。

伯爵はそれからも妻を娶っては殺し、娶っては殺した。あの黄金の鍵の部屋で彼が何をしているのか、私は知らない。ただその部屋に、今までの奥方が吊るされていることしか、私は知らない。次の奥方になるべく女性を探すべく、私は執務室に戻ることにした。心優しい女性。きっとテレーゼはそんな女性にだったに違いない。自分の子供に、家族に、子爵だった伯爵に優しい、そして今なお伯爵が焦がれるような、そんな女性だったに違いない。そんな奥方が、また見つかるといい。彼女の灰を触って焼けた伯爵の掌をそっと握ってくれるような、そんな女性が見つかるといい。



やけた貴方の掌に




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -