あの日のことはよく覚えている。
明日は大事な用事だからと、遅くなるといけないからと、草薙さんが早く帰してくれて。八田ちゃんが家まで送ってくれて。
バーを出るとき、また明日ねと笑うみんなの中に、勿論多々良も含まれていた。


寝ようとしていたところに響いたメールの着信音。送信者は多々良からで、とつぜんでごめんね、という平仮名の件名だった。何か急ぎの用事かとメールを開いて、首を傾げた。
本文はひとことだけ。
みんなで飲んでいるのか、何かの罰ゲームなのかと思ったが、パーティを控えた身でこんな時間にそんなことをしているとも思えない。
電話をかけてみたが、多々良は出なかった。
出られるはずがなかったのだ。
それから30分もしないうちに、わたしはすべてを知ることになる。


潮のかおりがする。12月の潮風は容赦なく吹いて、わたしの髪をさらう。まだ徴があったころ、潮風がこの身体から熱を奪うことは適わなかったのに、今は違う。
鮮明に残っていた岩場の焦げ跡はいくらか風化して薄くなって、本当にここだったかと心配してしまった。
この世に残った全て。
多々良の全て。
それすらもいつか、本当にそこにあったのか疑わしくなるのだ。
ただ、それが怖かった。
怖かったのだ。

吹いた風が身体から体温を奪う。
もう何もない。
多々良はいない。
尊さんももう居ない。
遺品であった多々良のタンマツも、草薙さんが持って行ってしまった。
わたしはひとり、海で潮風に吹かれながら自分のタンマツの中から一通の保護メールを開いた。あの日、多々良から送られたものだ。
本文はひとことだけ、「すきだよ」と書かれて終わっている。受信時間は12月7日の、11:59。息を引き取る、たった数分前。
応答のない電話。
返事のないメール。
わたしはいまだに、多々良の不在を受け入れられずにここで立ち尽くしている。



最後に一言、せめて、炎がすべてを焼き尽くす前に。
好きだよと、伝えられたらよかった。



十束多々良一周忌。
立て込んでいます。また年末にお会い出来るといいなと思ってます。




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