『電車逃した、帰れない』

滅多に鳴らない着信音が告げたのは、一文だけの下らないメールだった。送り主は柚希。俺は今から酒でも飲もうとしていたところだった。ちょうどつまみが欲しくて、買いに行くのも面倒で、出ようかどうか迷っていたのである意味いい機会だったかもしれない。
前向きに考えつつも、上着を羽織っていれば電話が来た。変に小声の電話だった。

「もしもし」
『もしもし!? 来てくれるの? まじ? 具合悪いの?』
「あ〜確かに具合悪いわ! 悪いな! 迎えは行けそうにないわ!」
『ごめんなさい大変申し訳ないのですが迎えに来て頂けませんか』

場所を聞けば4駅程離れたところだった。電話の向こうが少し騒がしい。友達と飲むという話だったから、まだ店の近くにいるかもしれない。駅のロータリーで待ち合わせて、俺は車に乗り込んだ。



日付も変わった時間だ、流石に道は空いている。30分もかからずに駅のロータリーに到着したが、肝心の柚希の姿が見えない。電話をかけてみたが繋がらず、手持ち無沙汰になった俺は駐車場に車を停め、駅前のコンビニに入った。酒を割るためのソーダと、気まぐれにコーラを買う。コークハイも飲めそうだ。
適当につまみを選んだところで、ポケットの携帯が震える。

『もう着いた!?』
「着いてるよ。どこだよお前」
『ごめんこっち迎えに来て、おねがっ、』

あっさりと切れた電話。相変わらずざわざわとしていた向こうの音声の正体に、なんとなく想像がついた。
それなりに急いで会計を済ませ、俺は早足で店を出た。前に進む度に、なんとなく苛々して、柚希らしき人影を見つけたときにはもう、苛ついて苛ついて仕方がなかった。

「ねー、いいじゃんもう一軒行こうよ。終電だってもう無いんでしょー?」
「門限あるんです、タクシー拾って帰りますし、大丈夫です!」
「そんなこと言わないでさあ〜、ねえ柚希ちゃんってば〜」

柚希を囲むように「もう一軒」を迫る下衆共の背後から近づく。俺に気づいた柚希の顔が、ぱあっと明るくなる。男たちの壁を割って、柚希の前に出て、やや強引に手首を取った。

「帰るぞ」
「まこと、!」

そのまま手を引いて、その場を後にする。勿論、このまま穏やかに帰してもらえるなんて思ってない。反撃はすぐにやってきた。

「オイ、なんだよお前!」
「…なんだよはこっちのセリフだ」

振り向いて、ガンくれてやる。こちとら不本意ながら悪童とか呼ばれてた時代だってあんだよ、舐めんじゃねーよバァカ、なんて。柚希を背中に隠すように立って、目の前の2人組に向かって鼻で笑ってやった。

「お前らじゃ役者がたんねーんだよ。出直せバァカ」

あとは逃げるが勝ち。試合だって、バレなきゃ俺たちの勝ちだった。それと一緒。言い捨ててはその場を後にする。柚希の手を引いて、柚希が小走りになるように、わざと足早で。狙い通りに足早になる柚希の手を引いて、腰に手を回して。




「あ、ありがと、真」
「あんな頭軽そうな連中に捕まってんじゃねえよ。バカかお前は」

助手席に座るなり、申し訳無さそうにする柚希を一蹴。うぐ、と言葉に詰まるバカに溜息ついて、車を出す。

「あのさ真」
「なんだよ」
「ちょっとかっこよかったよ」
「…バカかお前は! うるせえ!」
「あっ今照れた! 照れたね!」
「置いてくぞ」
「ごめん」

どことなく機嫌が良さそうな柚希に腹が立つ。腹が立つのに、何故か満足感がある俺に気づいて、俺も俺でバカだなと、口の中だけで呟いた。

「真」
「なんだよ」
「私ね、役者は真だけでいいよ」
「うるせー、そういうのいいから帰ったら呑むの付き合え」
「じゃあコンビニ寄ってこ! 飲み直す!」

俺もお前だけでいいよなんてのは、結局今日も言えないけど。




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