「おい、お前俺の本知らねえ…って、なんだこりゃ」

勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだ。出入りし続けて十数年、妙に気恥ずかしくなって学生時代は疎遠になった時代もあったが、お互いそんなガキの真似事とか惚れた腫れたなんてのも無くなった。土日祝日が休みな俺と、シフト制で休日が不定期な柚希の休みがかぶることはあまり無い。無いが、大体夜はいることがわかっているのでこうして普通に玄関から入って、部屋のドアを明けたわけだ。明けてみたらご覧の有様。

「電気くらいつけろよ…」

明かりを点ければ、錯乱している洋服と無造作に置かれたカバン、テーブルの上には飲みかけのカフェラテがそのままになっていた。部屋の主と言えば、早めに湯浴みをしたのかパステルカラーのルームウェアのままベッドの上で転がっている。寝てはいなかったようで、閉じられていた瞼がだるそうに開く。

「なんだ、真か」
「俺の本。お前持ってってねえ?」
「なんのやつ?」
「夢野久作」
「ああ、ごめん。リビングだ」

軽く呻いて起き上がり、頭を掻く。色気もクソもない。ちょっと待っててと言って、柚希は部屋を出て行く。手持ち無沙汰になった俺は、先刻まで柚希が転がっていたベッドに横になった。小さく、階段を昇る音がしてドアが開く。片手に俺の本、もう片手には俺のグラス。

「ごめん、コーヒーしかないや」
「別にいい、本返してもらいに来ただけだし」

柚希はグラスをテーブルに置くと、矢張だるそうにベッドへと近づいた。逆光で、表情に陰が落ちる。

「風呂入るのはえーな。明日早番か?」
「違う、明日休みなの。だから早く寝ようかと思ったの」
「土曜休みか。レアじゃねーか」
「レアでしょ。いいでしょ。だからそこどいて」
「それとこれとは別」

週末の金曜日。俺だって明日と明後日は休みだし、何より疲れている。一度横になってしまえば、起きるのは億劫だった。ベッドを明け渡すことを拒否すれば、柚希は小さくため息をつく。そのままベッドの縁に腰掛けて、そのまま上半身だけベッドに横たわる。俺からは柚希の後頭部しか見えない。暗めのブラウンの髪が布と擦れてちらばった。
横たわった柚希とは逆に、上半身だけ起こして上から見下ろす。ガキの頃から白い肌に、少し濃い目の隈を見つけた。

「だるそうだな」
「だるいよ。疲れた」
「仕事忙しいのか」
「そこまで忙しいってわけじゃないよ。別にめっちゃ嫌なことがあるわけでもない」

ただ疲れただけ、そう呟いて柚希は足を上げ、ベッドの上に全身を預けた。そのまま身体を反転させて、俺と向き合う。ベッドの奥側へと身体をずらせば、ごろごろと転がって近づいてくる。二人共うまくベッドに収まった。ぼんやりとした目。視線が絡んだ。

「疲れた。疲れたよーまことー」
「はいはい、寝ろ」
「どうせ真明日休みでしょー! 甘やかせよー」

駄々っ子のようにぽかぽかと俺を叩く柚希の拳を甘んじて受けてやる。気が済んだのか、布団の上に手がぽとりと落ちた。それを見届けてから、軽く身体を抱き寄せる。特に抵抗なく俺の腕の中に拘束された柚希は、俺に擦り寄るようにして目を閉じた。

「映画は見るから起こして」
「はいはい。俺まで寝なきゃいいけどな」
「えー」

寝過ごしたら寝過ごしたで、どうせレンタルしてくるのだ。そして、また何かの用事で来ていた俺を巻き添えにして一緒に観るのだ。今までもそうだった。多分これからもなんて、確証はないんだけど。
珍しく甘えたな柚希の相手をするのはこれからも俺だろうななんて、寝ぼけたこと考えてる俺も、早く休んでしまったほうがいいのかもしれない。




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