夜中、寝つきが悪かったのでリビングまで行ってみると、何やら甘い香りがした。出所はもちろんキッチン。僕はそっと、キッチンを覗き込んだ。
とかしたチョコレートのゆくさきは
「…リオ?」
「え、あ…マルス?」
すぐに目に入ったのは見慣れた茶髪だった。こちらを振り返ったリオは一瞬だけ体を硬くして、僕だとわかると力を抜いた。
「何してるの?」
リオに近づきながら尋ねる。
「マルスが起きてるなんて思わなかったわ。ほら、」
困った顔をして笑う柚希の手元には、細かく砕かれた板状のチョコレート。正直、予想はしていた。だって明日はバレンタインだし、今日の昼にだって姫2人をはじめとした女性達が楽しそうにこそこそしていたから。
「昼間、リオも姫たちに連れられて作業していたじゃないか」
「気づいてたの?」
心底驚いたように言うリオに、僕だってそんなに鈍くはないよと言えば笑われた。
「そう、昼間もみんなで作っていたの。みんなのためにね」
用意していた鍋が沸騰する。慌てたようにリオは慣れない手つきで火を弱め、ボウルにチョコレートを入れて鍋の湯に浮かべた。
「みんなすっごくお料理が上手なの。ナナちゃんだってきっと私より上手よ? びっくりしちゃった」
ボウルの中身を丁寧にかき混ぜていく。細かかったチョコレートがどろどろと溶ける。
「やっぱり普段からお料理しないとダメね…今度向こうに戻ったらミネルバにも伝えないと」
穏やかな顔でそう言うリオの横顔には、戦場に立っていたころのような鋭さはない。それは普段目にしているロイやアイクや、他の世界から来ているみんなにも共通すると思う。もちろん、自分もなんだろうけど。
「1つ聞いていいかい?」
「何かしら」
「そのチョコレートは誰のだい?」
あら、と声を上げたリオは、ヘラを動かしながら顔を僕へと向けた。
「あなたのに決まってるじゃない」
わざわざ聞くなんて馬鹿な人、そう呟いて視線をボウルに戻したリオの顔は少し赤みがかっていて、やっぱり好きだなあ、と思う。
「完成したらどんな風になるの?」
そう尋ねれば、困ったように笑う。
「私のお料理の腕前なんて、マルスだって知っているでしょう? …申し訳ないとは思ってるわ。残念だけど、もう一度固め直すだけよ」
ピーチ姫だったらきっと綺麗なお菓子も簡単に作ってしまうのだろうけど、そう悲しそうに呟くリオ。
「ねえ、リオ」
僕は戸棚からスプーンを1つ取り出す。
「僕はね、君からそうやって、特別ってもらえるだけでも嬉しいんだよ」
どろどろのチョコレートをひとすくい。顔を赤らめるリオに軽くウインク。スプーンを口に運ぶ僕を見て、馬鹿な人、とまた呟いたリオは、静かに目を閉じた。