「ミ、ア…?」
マク・アヌの街並の中に、人影を見た。大きめの長い耳、優雅に歩いて見せるたびに揺れ動く手足、全身を彩る紫色。
「ミア、ミア…!!」
考える間もなく、体は人影に向かって走り出す。人の流れの中、逆走する僕に迷惑そうな視線が投げられる。そんなものはどうだっていい。まさか、あれは、そんな、
―――ミア?
「ミア!」
追いついて肩を思い切り掴む。そのまま僕の方を向くように、力任せに引っ張った。
「きゃ、」
「ミア!! …み、あ?」
顔を見て愕然とした。人間の顔。獣人PC。猫型の、獣人PC。
「…ミアじゃ、ない」
「随分手荒な声のかけ方をするのね…なんの用かしら」
鋭い目、白い肌、紫の短い髪に、鮮やかな緑色の服。大きな長い耳。彼女にそっくりな、ただのPC。
「あ…ああ、…」
何も言葉にならない。ただ、期待した分だけ、堕ちていくだけ。
「…ごめんなさいも言えないの? 人違いなら人違いなように、そう言ってくれなくちゃ。私だって困るわ」
振り切るように体を揺らして、僕の手を振り解く。
「随分…個性的なPCなんだね…、そんな大きな耳、…今時誰もしていないよ」
「その大きな薔薇の帽子もどうかと思うわ。貴方、名前は?」
「…エンデュランス」
「エン…ああ、紅魔宮の」
そのPCは腕を組み、僕をじろじろと眺めた。ああ、見れば見るほど違う。彼女は、ミアはこんなことしない。こんなに鋭い、冷たそうな目もしていなかったし、いつも僕に優しくしてくれた。
「で、その皇宮様は人違いをしたのかしら? それとも私に用があったのかしら?」
「…人違い。キミみたいな人とは知り合いにもなりたくないよ」
「女の人に声をかけといてその言い草? …前の皇宮もやたら気が強かったわね、これだから嫌よ、強いプレイヤーって」
「僕だって…キミみたいに物事を言う人は嫌い…人が傷つくということを、知らないんだ」
そうだ。ミアはいつも人を気遣った。自分が大変だったときだってそうだ。彼女は、優しい、人だった。
「そんなことないわ」
突然彼女はキッパリと言い切った。
「…貴方みたいな人、私嫌いだわ。表面的な部分でしか、人間を捉えようとしないのね」
「…何を」
「今の貴方に何を言ってもわからないと思うわ」
それじゃあ、とPCは踵を返す。
「…待ってよ」
進もうとした足が止まる。
「…キミのそのPC…僕の大事な人と似ていて困るんだ、変えてほしいんだけど」
振り向いたPCは眉間に皺を寄せながら、一言言い放った。
「大事な人なら、見分けるのくらい簡単でしょう?」
PCはそのまま歩いていく。やっぱり、大きな耳が一際目立つ。
「…嫌な奴」
八重咲きの赤薔薇