「次の時代に行くぞ」
「りょ、う……ふぶき、…」

女はまた譫言のように繰り返した。焦点の合わない目には空虚だけがうつしだされる。

「かえら、なきゃ…帰らなきゃ、いけないんだ…あいつらが、待ってる、んだ」
「そんなものはもう壊してしまったよ」

私の声は女には届かない。この女の時間は止まってしまった。止められた、が正しいのかもしれない。

「ふぶ、き…、…あ、吹雪、吹雪吹雪ふぶき、ふぶ、……ああぁ、亮、りょう…」

女の目から涙がぼろぼろとこぼれる。指ですくいあげてやれば、私の指からも滴が落ちた。



天上院吹雪はもういない。丸藤亮も同じことだった。ただ一人、藤原優介の消息はわからない。闇が強すぎて、私でも近づくことが不可能だった。あまりにも強すぎる闇を持ったこの人間どもの中に1人、いたのがこの女だった。欲をかくして白々しく女に接するこの男2人に反吐が出た。それは例えば性欲であったり、物欲だったり、デュエリストらしく強さを求めてみせたり、強欲的なものが多く目立った。そんな汚い欲にまみれた中で、一人地に足をつけて立っていたのがこの女だった。女からは純粋な、それでいて、どこか絶望が纏わりついていた。それが何によるものなのかはわからない。天上院吹雪。丸藤亮。藤原優介。この者たちの闇が侵食していたのだろうかと考えて、それも間違いではないと、しかしそれだけではないはずだという思いが私の脳内を埋めた。

つれてきてすぐ、女の精神が不調をきたした。時空移動の際にかかる負荷に耐え切れなかったらしい。耐えられないのも無理はなかったかもしれない。前述の3人のうち2人は、私が止めてしまった。女は2人の表面的な部分しか知らなかった。女が愛したその表面的な結界を剥がして、壊した。それが女のためになると私は信じている。友人だと思っていた人間が目の前で消えてしまったら、どんな人間でも動揺し、嘆くであろう。かつて私も、私の時代が滅亡したときは大きな衝撃を受けたものだが今はこうしている。過去の私の選択は間違っていない。なら、現在の私の選択も間違っていないのだ。


「ああああああ、もう、ああ、もういや、だ」

女がうめく。定期的に女は錯乱状態へと陥る。鋭い目をにじませて、何かを求めて叫ぶのだ。これを私は発作と呼ぶ。

「い、いいぃぃい、いやだ、あああぁ、もう、誰かがいな、いなくなるの、は、ぁ、嫌だ、嫌なんだ、ああぁああああぁあ」

狂ったように泣き続ける女をそっと抱き寄せる。あたたかい。まだあたたかい。生きているのだ。

「あああぁあああ、ぁ、ぁああ、ひと、ひとりに、しな、しないで…」
「ああ、わかっている」

私の大いなる実験の過程に、もちろんこんな女は関係ない。過程の中のひとつの事象に、たまたま女の影があったという、それだけのことだ。
しかし、見てみたいのだ、私は。この女が綺麗に笑ってみせる顔を。聞いてみたいのだ、この女が私の名を紡ぐ音を。女が、女自身の名前を私に伝えるところを。ただそれだけ。
私の実験の途中で崩せる過去なら崩してみせよう。払える絶望なら、払える闇なら払ってみせよう。
腕の中で発作を起こす女を見やって、再度涙をすくう。一体今まで何人がこうして女の涙をすくったのだろうか。それは時に、かの有名なメビウスの輪に似ている。私はその輪を断ち切らねばならない。これは女のためなどではない。その輪にとらわれた人間たちのためでもない。私のエゴである。


私の実験が終わるとき、彼女は笑ってくれるのだろうか。









Good Night,Happy End.






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