カーン、カーン、カーン…

遮断機が降りてくる。耳障りな音はやがて耳には入らなくなり、私はここに立ち尽くす。亮もこの音を聞いたのだろうか。

私はまだ目蓋をあけられずにいた。目蓋をあけてしまえば、現実を見なければならなくなる。もちろんこの目蓋というのは比喩だ。私の目は未だしっかりと遮断機を見つめている。遮断機の向こう側、線路を見つめているのだ。


カーン、カーン、カーン…


彼の葬儀が終わってから、私は何をすることもなく毎日をぼんやりと過ごすようになった。人は私を可哀想だと言った。可哀想?よく言えたものだ。私はただいってらっしゃいと言い損ねただけ。そのくらいのことは私にとって露程も問題ではないのだ。愛しい人が幸せへと向かったというのに、何を不幸がる必要があるというのだ。


カーン、カーン、カーン…


しかし彼の不在は私に少なからず影響を与えた。彼の姿のない日常は味気なかったし、棺桶に入った彼の器は見るも無惨で大事にしようとも思えなかった。焼いたあとの彼の骨は、彼が幼少時通っていたという道場に運んでみたけれど。

亮はよく泣いていた。悲しそうにしていたのだ。私で救うことが出来ないなら、せめてそのための手段を提示するのが優しさだと思った。
逃げなさい。
ぼろぼろと涙をこぼしながらゆっくりと亮は微笑んだ。そして先日、飛び立って行ったのだった。


カーン、カーン、カーン…


寂しい、かも。ふと浮かんだ心境に驚いた。寂しい。自分で送り出したのに何を言ってるんだ。亮を幸せな世界へと押し上げたのは、提案したのはこの私なのだ。確かに見送りはできなかった。けど、その私が寂しいなんて、言ったりできない。

目蓋に加わる力が緩む。あけてはいけない。ひらいてはならない。現実をみてはならない。そういって閉じた目蓋が、ここにきて揺らぐ。やがてゆっくりと開いた目が、現実を、世界を写す。


カーン、カーン、カーン…


網膜越しの世界は歪んでいた。亮が絶望し、涙し、呪いながら去った世界。私にとっても絶望しかない世界。それが真実だった。踏切の向こう、遮断機の向こうに見える線路の上だけは神聖だった。亮が飛んで行った場所。亮が笑って逝った場所。嗚呼、それでも、その世界は、遮断機に挟まれたその空間にしか存在しえないのだ。


亮が生きるには、この世界は厳しすぎた。
同時に亮がいない世界も、私には厳しすぎたのだ。







線路の上のハッピーエンド






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