夕飯を終えて、自室へと急ぐ。家庭教師との約束の時間まではまだあったが、前回わからなかったところの整理がまだ済んでいなかった。どこだっけと思い返すのに時間を使うなら、1問でも多く問題を解くのが賢明だろう。つけっぱなしだったパソコンの前、ディスプレイの電源を入れる。ディスプレイが正常に映り、画面右下にあるタスクバーを確認する。通話ソフトは正常に起動していて、家庭教師のアカウントがオンラインになっているのが確認できた。デスクトップにある、ノートを模したアイコンをダブルクリック。一拍おいて、デジタル問題集が起動する。俺の家庭教師が所属している会社は、この問題集の使用を推奨していた。俺の家庭教師はこの問題集があまり好きではないようで、なにかと難癖をつけてはいたが。

突然、画面中央に通知が入る。「着信」の文字の下には、家庭教師の名前があった。

「もしもし」
『おつかれー!! どうよ、進捗はさ』
「どうよって…まだ予定より早いんすけど」
『いいじゃん別に。早く始めて遅めに終わる。怠慢で知られるこの梨羽さんの出血大サービスなんだけど』

自分で言うなよ、内心毒づく。しかしこの教師が日頃からやや怠慢気味なのも知っていたので、それを考慮すると時間が延びるのは有難いといえる。怠慢だし、がさつだし、大体のことを「適当」「なんとなく」で済ませてしまうし、とても勤勉とは言い難い。裏を返せば、現場の学生に程近いタイプの教師だった。故に、生徒がどこで躓きやすいか、どこで嫌になるかを察してくれる。そのうえでさりげなくフォローを入れてこちらのモチベーションをあげてくる。そこまでを計算に入れた言動かと思いきや、素だったりする。その逆も然りで、素かと思いきや計算だったりもする。どこまで転がされているのかわかりゃしない。いまいち掴みどころのない人だと、たまに考える。

「はあ…そんじゃお言葉に甘えますよ、遊佐センセ」
『じゃあ今から始めんね。先週の課題の採点から始めるから』

問題集の右上、「宿題」のアイコンをダブルクリック。先週の課題ページが出てくると同時に、自分のマウスポインタとは別のポインタが出現する。そのポインタが、なめらかに丸付けしていくのをぼうっと眺めた。







『今日はここまで。次は…明後日かな。課題は89ページから95ページまで。出来る?』
「余裕っすよ」
『そう? 練習試合あるとか言ってなかったっけ』
「ありますよ。そんでもこのくらいはやんねーと。ただでさえ他の奴より時間取れないんすから」

宣言通り、授業は早めに始まって少し遅く終わった。明後日までの課題は6ページ。夕飯を食べる前に時間をとれば、期限までには充分間に合う範囲だった。いい心意気だ少年! そう言って「遊佐センセイ」はカラカラと笑った。遊佐センセイは4つ年上の大学4年生で、順調にいけば今年で卒業する。俺が春に入学すると仮定しても、ちょうど入れ違いになる学年だった。

『あ、そういえば君、どこの大学志望なのさ? 難問私立って話だからそのつもりで授業してたけど…具体的にあるなら沿った教え方するし』

ぎくり、思わず背筋が伸びる。この時期だ、当然志望校の話になることは想定していた。勿論目標はある。模試の結果から言って、希望もある。だけどこの「センセイ」には言いたくない理由があった。さりげなく話題を変えるべく、適当に相槌を打ちながら次の話題を模索する。

「志望校毎って…先生、そんな器用なこと出来るんすか?」
『ははーん、福井くん、私を侮ってるね? 悪いけどやって出来ないことはないよ。まあ、他の先生を紹介することも出来るけど』
「え、い…、いいっすよ! 今更先生変わるとか、かえってやりにくいですって!」
『そうだよねー! 私の授業でやりにくいとか、福井くんに限ってあるわけないもんねえ!』
「俺に限ってって…なんすかそれ!」


うまく話を逸らして、デジタル問題集を閉じる。それじゃあまた明後日、そう言って通話が切れた。飲み物を持ってこようと席を立ったとき、ピコピコと電子音が通知を知らせた。先ほどまで使っていた、通話ソフトのサブ機能であるチャットの着信通知だった。ディスプレイに向き直り、未読の文章を追う。遊佐センセイからだった。読んで頭を抱えた。ほんとにこの女は。数秒考えたのち、諦めて返信を作る。

[21:14:45] 遊佐: 一応言っておくけど、私今年で卒業だから!

[21:15:05] 福井: 誰もお前と通いたいとか言ってねえよ




do you know all !?
(年の功とか言わせねえからな!)





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