「ただいま」
「…あ、お帰りなさい」
「ジャックとクロウは?」
「まだ帰ってきてないわよ、遅くなるみたい」
「そうか」
「そういう連絡はもう少し早くして欲しいわ…、2人の分までお夕飯作っちゃったじゃない」

そう言って怒ったような表情をしてみせるカノンの目が、少し潤んでいた。


「…また、なのか」
「え?」
「いや…こっちの話だ」

最近、カノンはよく一人で泣いている。俺が帰ってくる直前には泣き止んでいるようで、その現場を見たことはない。かすかに腫れた目元が、いつもいつも、そのことを示しているのに、泣いていることは明らかなのに、俺はその理由を知らない。

「なあ、カノン」
「何かしら?」
「…、なんでも、ない」
「さっきから変よ? 何かあったの?」
「いや、大丈夫だ。それより」
「それより?」

お前の方こそ、何かあるんじゃないのか。
何も無いかのように振舞う彼女を見ていると、そんな疑問を口に出すことすら憚られる。俺たちは仲間だ。同じ家に住む家族でもある。だけど俺とカノンの間には、確実に1本、大きな線が引かれている気がしてならない。俺とカノンはそこで区切られている。その線から向こうへは踏み込んではいけないと、彼女が浮かべるその笑顔がそう思わせる。聞くことはできない。カノンが自分からその線を越えることを待つしか、今の俺には出来ないのだ。

「…夕飯を食べよう。まだ食べていないんだろう」
「ああ…ふふ、そうね。ジャックたちのせいで冷めちゃったけど」
「暖めればいいさ」

穏やかに微笑んでみせる彼女の顔には涙のあとは見つからない。見つからないように、しているのかもしれない。それは何よりも明確に、俺に隠し事をしているという証になる。

「…遊星」
「なんだ?」
「明日も出かけるの?」
「明日…用事はない。どうした?」
「…い、いえ、なんでもないわ。明日のお夕飯もこんなふうになったら嫌だなあと思って」

ふふ、と上品に笑ってみせる姿はいつもどおりで、それでもどこか儚げで。
こんな顔は、サテライト時代にはしていなかった。そのまま一瞬にして消えてしまいそうな、そんな馬鹿な妄想だけが残って。



なあ、泣くほどつらいのに、どうして話してくれないんだ。






けるように消えていく魔法