授業も終わった夕暮れ時。吹雪の部屋の窓際を陣取りながら、柚希は大きく溜息をついた。

「…はあ」
「どうしたのさ、溜息なんて。珍しいね」
「別に、自分が嫌な女だと思ってさ」
「おや、どうやら本当に珍しいこともあるんだね。どうしたんだい?」

小さな椅子を持って近寄ってきて、向かいに腰掛ける。膝に肘を付き、頬杖をつきながら吹雪は空いた左手で話してごらんというように促した。

「なんていうか、好きな人がいたとするだろ」
「うん」
「女って、好きな人に振り向いてもらう…っていうか、なんか。好きになってもらおうとするだろ」
「そうだねえ。恋をした女性が急に可愛くなるのもそのせいだね。いいね、恋! 青春の縮図だよ!」
「ちょっと黙って」
「うん」

好きな男の好みの女になろうとして、変わったりするわけじゃん。それって本当の自分なのか? 偽って作った「自分」を好きになられて、それでいいのか? …なんだか、アホらしくないか? ばかばかしくないか? 本当の自分を見てもらってないんだぞ?
ほぼノンブレスでそう言い捨てて、柚希はじっと吹雪を見つめる。見つめるというよりは睨む、が近いかもしれない。まるで吹雪の反応を待っているかのようなその行動に吹雪はふっと笑う。
柚希とて、好きな人の好みになりたいという乙女心がわからないわけではない。ただ疑問に思ってしまったのだ。髪の色から、言動から、服装まで。男に支配されて、そんな自分は、本当の自分では無いのではないかと。
愛されているのは「自分」ではなく、「理想の女」像なのではないかと。
…でも、そう思ってもなお、柚希も知っているのだ。そうまでして手に入れたい男がいるという事実も、そんな女たちの気持ちも。そうやって文句ばかり、理屈ばかり言って何も出来ない、何とも向き合えない自分が、一番――――


「僕は安心したよ、柚希もちゃんと恋する乙女だったんだね!」
「…は?」
「睨まないの。可愛い顔が台無しだよ?」
「可愛くない」

左手を伸ばして頬に触れようとする吹雪を、やや粗雑に払いのける。

「僕は思うんだよね。そうやって相手のことを知って、…あ、好みとかもね? 知って、その人の理想に近づこうっていうこと自体が、うーん、過程も、試行錯誤した結果も、それは偽ったわけじゃないんだよ。相手の理想を兼ね備えた、新しい自分なんじゃないかな」
「…」
「難しい顔してるね?」
「言いたい事はわかるけど」
「元々の自分が損なわれる、って言いたいのかい?」

ふう、と細く息を吐いて、困った子猫ちゃんだと吹雪は呟く。

「結果1つにしたって、過程はいろいろあるだろう? その過程がね、自分らしさになるんじゃないかな。過程によっては結果も変わってくる」
「…矛盾してる」
「もう、わからずやだなあ」
「吹雪の説明がわかりにくいんだよ!」
「…まあ、いいじゃない」

吹雪は椅子から軽く身を乗り出すと、そっと柚希の頬に両手を添える。急な接近に身じろぐ柚希だが、どこかセンチメンタルになっている自分に気づいた。されるがままに頬を撫でられ、こつんと額に当たる吹雪の額を受け入れた。唇さえ触れられそうな至近距離で、額をぶつけ合って。力無くまぶたをとじた柚希を見やって、吹雪は困ったようにまた笑った。

「いいんじゃない? 別に、誰が誰を好きでも、それが本物だろうと偽りだろうと」
「恋の魔術師的にはなかなか爆弾発言なんじゃない? それ」
「いや、今のは僕。天上院吹雪の言葉だよ。だって、」

そっ、とまぶたを開いて困ったように吹雪を見上げる柚希の顎をすくって、軽く唇に触れる。すぐに離して、目を白黒させる目の前の少女を抱きしめた。

「…う、!?」
「だって僕は別に、どんな柚希でも大好きだからさ」

ね? そう言って笑う吹雪の笑顔がとても優しくて、それでもやっぱり、悔しかった。



魔術師にはお見通し






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