「吹雪は今日も元気だな、好都合だ」
「全くだ」

前方55メートルほどのところで女の子に囲まれている自分の友人を見ながら、呆れたように言う。

「それに比べて亮は」
「…部屋にいるんじゃないか」
「亮はいい子だな」
「あれが馬鹿すぎるだけだって、柚希だって思ってるだろ?」

だるい授業を1日こなし、疲れが出始める放課後。女の子漁りを始める友人と、それとは対照的に部屋で勉学に励む友人。もっとも、前者の場合は本当に「漁るだけ」であって、未だに童貞であることを私たちは知っている。でなければ、そんな危険なプレイボーイを野放しにしておくわけがない。一応、友人としては。

「こうやって考えると…悪いな、優介」

お前だっていろいろやりたいことくらいはあるだろうに、と続ければお前のせいじゃないだろと返された。
天上院吹雪、丸藤亮と並ぶ三人衆の残り1人が、隣で一緒に歩く藤原優介だ。
こいつと放課後を一緒に過ごすようになってから随分経つ。理由が無いわけではない。その理由のおかげでこいつが顔と普段の言動に似合わず心配性で面倒見がいいことを知ることが出来たわけなのだが、なんとも複雑な結果であることは否めない。

「お前に何かあったら気分悪いんだよ」

踵を返し、特待生寮に足を向ける。こちらに気づいた吹雪が走ろうとしていたが、行く手を塞ぐ女の子に阻まれていた。向かうのは自分の部屋でなく、優介の部屋。
私はこう見えても特待生だ。とはいっても、入れたのはほとんどまぐれ。ずば抜けてデュエルが強いわけでも、ましてや筆記試験がよかったわけでもない。入学試験のときに遅刻して、クロノス教諭とデュエルすることになって、何を思ったのかおもむろにウィジャ盤デッキを取り出して、始めて…思い出すだけでも頭が痛い。それでも奇的に勝ってしまって、さらにポイントを無意味に稼いでしまったのだから仕方が無い。特待生としての扱いでいい思いしたことなんて死ぬほどある。まあ、正統派優等生の3人と比べられるのは少しきついけど。私にウィジャ盤の可能性を教えてくれた獏良さんには感謝しているけども。いつか生でお会いしてみたい。

「荷物とってくる」
「ああ」

私の生活拠点はほぼこの優介の部屋だ。だからといって優介と恋仲なのかと言われれば多分そうではなくて。そんな空気にならないことも無いけど。
本来の私の部屋は2階にある。鍵をあけ、中に入る。明日の授業の用意と課題用の資料と、替えの下着なんかもカバンにまとめてつっこむ。そろそろ優介の部屋に戻ろうかというときだった。

「あれ、柚希、今日は部屋にいたんだ?」

背後からの声に、体が強張る。ハッとして振り向くのと、声の主が近づくのはほぼ互角だった。

「…お前こそ、今日は帰ってくるのが早いじゃないか、…吹雪」
「そうかな?」

喉をくつくつと鳴らして、端正な顔が笑う。私が優介の部屋に居座る理由、それはこいつがいるからに他ならない。

「ねぇ柚希、いいでしょ?」
「よくない、離れろよ」

じりじりと詰め寄ってくる吹雪から距離を取りつつ、必死に考える。どうしてこんな夕方から寮に戻ってきているのか。普段なら夕食の時間をすぎても帰ってこないのに。…今日はたまたまってことか。心の中で舌打ちをした。優介は多分部屋でおやつ食べてる。助けは来ない。絶望的だ。

「僕さあ、はじめては柚希がいいんだよ」
「ああ、何回も聞いた」
「うん、だからいいじゃない」
「よくない。私は嫌だ」

ついに壁際にまで追い詰められた。

「ほうら、もう逃げられない」

壁に両手をついて、私の両手を絡めとる。その仕草も妙にいやらしくて、私は思い切り顔を歪ませた。

「…離せよ」
「だーめ。もう観念しなよ、優介だって来やしない」

顔が近づいて、耳元で囁かれる。自然と硬直する体がなんとも情けない。

「…柚希」

唇が近づく。目は見開かれたまま。閉じることすらかなわない。






「何してるんだ、吹雪」

唇にまでかかる吐息が、詰まったように止まる。実際息を詰めたのだろう。
吹雪の顔が遠ざかり、そのままゆっくりと後ろを振り向く。私の視線が、ドアの向こうの人影を捉える。室内が薄暗く、逆光でよく見えないが、紛れも無くあれは、私のもっとも信頼に足る人物であるのだろう。

「…観念するのはお前だよ、吹雪」

私がそう呟けば、吹雪は笑って手を離した。

「…よくわかったな」
「何を」

吹雪を追い出して、優介は室内へと足を踏み入れる。床にへたり込んでいる私を立ち上がらせた彼に私は尋ねた。

「吹雪が寮に帰ってきたこと」

情けないが腰が抜けてしまっているらしい。優介は私を寄りかからせるように抱きしめた。

「寮の周辺が妙に騒がしかったから。まさかとは思ったけど」
「…そう」

きっと優介のことだから、ちゃんと気を配ってくれていたのだろうと思う。
普段だったら帰ってすぐ飲むココアの香りが制服からしないのがその証拠。

「柚希」
「なんだ」
「…気をつけろよな」
「わかってるよ」

危なかったくせに何言ってんだとぶつぶつ言う優介を顔を上げて見てみれば、泣きそうな顔をしていた。私がこうして吹雪に何かされそうになったとき、優介はいつもこんな顔をする。

「俺さあ、嫌なんだよね、柚希が吹雪とそういうことになったりするの」
「私だって嫌だよ、吹雪だけじゃない」



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