「っくしゅっ」
「大丈夫か」
「…大丈夫だ」

全然大丈夫じゃない、とは言えなかった。この梅雨の寒いんだか暑いんだかはっきりしない時期にわざわざ雨に濡れて風邪を引いた、なんてのも言えなかった。

「体調管理はしっかりしなくては駄目だろう」
「わかってるよ…ちょっとしくじっただけだって」

次の実技の授業のために、私と亮は実技場へと向かっていた。吹雪と優介はサボり。そろそろ吹雪は単位を落とすような気がする。

「…実技、嫌だなあ」
「どうしてだ」
「亮と比べられるし」

じっと睨み付けても、亮からはキョトンとした顔しか返ってこない。

「まだ気にしているのか、」
「気にするって。肩書きだけで歩いてるようなもんなんだから」
「もし柚希の入学試験がまぐれの結果だったとしても」

亮はポン、と私の頭に手を置いた。

「今のお前は十分強い、俺が証人になってやる」
そのままふわり、と撫でられる。同時にうるさく騒ぐ心音。これだ。これがまずいんだ。私だって今まで生きてきて、恋の一つや二つしてこなかったわけじゃない。だから分かっていた。亮を好きなことは自覚していた。



「パワー・ボンド発動! 俺はサイバー・ドラゴン3体を墓地に送り…」

亮は好きだ。好き。その事実だけならきっとなんの問題もなかった。
たとえば仮に、私が亮に告白したとする。ほとんど間違いなく亮は困惑するだろう。いやしないかもしれない、あいつのことだから恋愛ごとだなんて思わない可能性もある。それもそれで嫌だし。亮が理解しようがしまいが私が告白したって事実だけはそのうち学園中に巡ることになる。ただでさえ肩書きと実力が合わないとか言われてるのに(優介曰くただ僻まれてるだけらしいけど)さらに自分の首を絞めるような真似はしたくない。

「…はあ」

結局のところ、顔に集中する熱も上昇する心拍数も、気にしないのが一番いいのだ。私にとっても亮にとっても。この答えを出すために昨晩は無駄に海風と雨に晒されてきたのだ。

視線の先で歓声が上がる。試合はカイザーの勝ち。一応私も先ほど勝ってきたので我々の今日の実習は終わりということになる。きゃあきゃあと黄色い声を発する女子生徒を適当に流しつつ、亮はこちらへと歩いてくる。

「悪くない試合だった。柚希はどうだったんだ」
「勝ったよ」
「そうか」

微かに口の端をあげて笑う亮にまた胸がうずく。きっと亮のことだから大した意味はないのだ、多分数少ない同僚の(特待生的な意味で)友人がちゃんと勝ったことを嬉しがってるとかそんなんで多分亮は何も考えていない。

「はあ、」

視界がちょっと歪む。悩むのも馬鹿らしい。そう思えば意識が見切りを付ける。雨風に散々さらされた私の体は急に異常な疲労感とだるさを伴い、亮がいたことであがったままの心拍数と体温は、あれ、おかしいな、まずい、かも、

「…柚希!?」

珍しく声を荒げた亮の声を遠く聞きながら、私は倒れ込んだ。









ふわふわしてなんだか気持ちいい。私倒れたんだっけ。ということはここは保健室、かな。目を開けてゆっくりと体を起こした私の目に飛び込んできた、のは、

「…!?」

私の手を握りしめたままベッドサイドで目を伏せて眉間に皺を寄せる亮だった。思いもよらぬ展開に困惑する。熱も手伝ってどうしたらいいかわからずおろおろとしていると、それを感じ取ったのか亮がぱち、とこちらを見た。

「りょ、亮」
「…起きたのか」

起きたのかじゃないよと突っ込む気も起きない。亮は淡々と言葉を紡いだ。

「風邪と貧血だそうだ。…大丈夫じゃないなら無理をするんじゃない」

眉間に皺を寄せてこちらを見てくる亮にたじろぐ。なんか知らないけど非常に不機嫌だ。理由はわからない。

「なんか、怒ってる?」
「……自分に腹を立てている」

亮にしては長い間のあとに吐き出された言葉に疑問符があがる。

「具合が悪いのに気がつけなかった」
「ああ、そう…」

それなら亮にはなんの咎もない、そう言おうとした矢先、とんでもない発言が飛んできた。

「ああそう、じゃない! ずっと見ていたのに気付かないなんて馬鹿な話があるか!」
「…は、」

彼は何を言っているの。そう思う私とは裏腹に亮は握ったままだった私の手に力を込める。

「いや、亮が何を言ってるのかさっぱり」
「…吹雪に言われたんだ、惚れた女からは目を離すなと」

彼は何を言っているの。とうとう耐えられなくなって私は声を上げた。

「何言ってるんだお前は」
「…お前が好きだと言っている」

なんか変な夢でも見てるのかな私。とんだ恥ずかしい夢だ。願望ダダ漏れすぎ。目を閉じて再び後ろ向きにダイブ。おい、と慌てたように私の名前を呼ぶ亮の声も痛いほどに握られた指も、恥ずかしい夢であってほしい。そうでなきゃ、





嬉しすぎて死んでしまうわ

(諦めたようにつかれた溜息と撫でられた頭の気配を最後に)






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