船を降りて、柚希は走って島の外れまで向かった。久しぶりに来る母校だが、懐かしいとかそういった感情を抱く暇はまったくなかった。懐かしいとさえ思えないほど、柚希の頭は1つの事柄で一杯だった。



「亮!」

バタン、と大きな音を立ててドアを開ける。開けた瞬間、目頭が滲む。

「…久しぶりだというのに、騒がしいな」
「誰のせい、だよ、」

昔と同じように、でも少し力の無い顔でふわりと笑って見せる亮がベッドの上にいて、つこうとした悪態は言葉にならなかった。







「吹雪が帰ってきたと思ったら今度はお前が失踪って聞いて。本当にお前らにはいつになっても手を焼かされる」

顔を隠すかのように不自然なまでに窓を向いて喋る柚希の後ろ姿は、昔見たままだった。

「色々あったんだ。…悪かったとは思っている。すまない」

ちら、と柚希が横目で亮を見る。

「…吹雪から、聞いてたんだ」

何を、とは聞く気になれなかった。できれば亮自身ですら、あの頃の自分を戒めたい。

「なんか亮が大変だって。昔の亮じゃないって、あのときは吹雪も悲しそうにしてた」

ヘルカイザー。それがあの頃の亮の名前だった。リスペクトを捨て、勝利だけを求めて彷徨っていた自分。

「ずっと会社の寮にいたから様子を見に行くことも出来なかったし、携帯は全然繋がらないし、行こうと思ってたら行方不明になってるし、」
「柚希、」

柚希の声がまた涙声になった。手を伸ばすが、ベッドからじゃ腕は届かない。

「なんで、だよ、」

ゆっくりと亮を振り返った柚希を見て、柄にもなく亮は動揺した。柚希は泣いていた。

「河越、」
「なんで、そういうこと! 大変なこととか、辛いこととか! 言わなかったんだよ!」

中途半端に伸ばされたままだった亮の手をおもむろに掴んで近寄る。亮が驚くのも構わず、柚希はそのままベッドサイドに膝立ちになって亮に抱きついた。

「心配、してたのに、何も、っ」

自分の胸元に顔をうずめて無く柚希の頭を亮はぎこちなく撫でた。つながれたままの右手で、柚希の手を握り返した。

「すまなかった」

ひとつだけ言い訳させてくれないか、と言うと、柚希は少しだけ顔を上げた。

「確かに心配をかけたことはすまないと思っている。…だが」

亮は一呼吸置いた。

「…お前には情けないところを知ってほしくなかった」

赤い目で怪訝そうな顔をする柚希を抱きしめる。慌てたのか驚いたのか、体を硬くする柚希を放って続ける。

「誰だってそうだろう…それが好きな女なら、なおさら」

柚希が息を飲む。彼女の目を見て、また亮は口を開いた。

「俺はもうデュエルが出来ない…だが、翔をプロリーグを作る気でいる」
「…あ、ああ」
「俺のプロリーグと、そのプロを指導するお前で、いいんじゃないか」

亮が何を言おうとしているのか、柚希にもわかった気がした。だからこそ、彼女も必死に亮の目を見つめ返す。

「亮、あのさ、それ、」

恥ずかしそうに口を開いた途端、唇を押し付けられた。お世辞にも上手とは言えない亮のキス。変わってないと思ったら、また涙がこぼれた。変わってない。なにひとつ。

「…結婚しよう」








君がいない非日常
(そんな非日常の終焉)






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