太陽も傾いたある日のこと、

「ちょっと、悠理」
「んー?」
「買い物行くんだけど付き合ってくれない?」
「やだー」

軽くそう返せば、少しむっとしたのか臨也の眉間に皺が寄る。

「いいだろ買い物くらい。どうせまだ泊まってくんだろ?」
「そうだけど…わかった、わかったって。行くよ」

渋々同意して腰をあげれば、自分の上着を投げ渡される。軽く羽織って財布をポケットに突っ込んで、既にいつもの薄コートを着て玄関に向かった臨也の後を追った。

「ほんと君はさあ…、普段どんな買い物してるの」
「え、普通だよ」
「普通じゃないよ。一人暮らしであの量はおかしい」
「余ったらどうせ皆に配るんだし、気にならないよ」

非経済的だ、そう呟きたいのをなんとか飲み込んで溜息を吐く。前々から思っていたのだが、悠理の買い物の仕方はおかしい。一人暮らしでは到底食べきれなさそうな量をやたら買い込む。自分が同行しているときは少し自重して…というか毎回臨也がたしなめているのだが、一人で買い物してるときはどうしているのかと思うと軽く寒気がする。

「家族連れでもないのにあの量とか、会計するとき変な目で見られるんだからね、俺」
「いーじゃない、その無駄に綺麗な顔見せびらかすチャンスじゃん」
「……悠理?」

街の雑踏の中、悠理の歩みが少し遅くなる。ゆっくりと歩を止める悠理を不審に思って自分も足をとめれば、どこか遠い目をして地面をただひたすら見つめていた。

(家族、ね)

自分には家族の概念がいまいちよくわからない。知らないのだ、家族というものを。両親と疎遠気味らしい臨也にだってクルリとマイルがいる。きょうだい、という、切れない繋がり。私にはそれがない。なんとなくそれが当たり前だと思っていたし、特に寂しいとも思ってこなかった。気づけば臨也とは長い付き合いで、はじめこそ疎ましかったものの今では親しい仲となっている。あるときは兄のようで、あるときは恋人のようで、同僚のようで、幼馴染みのようで、父親のようで。弟のように思えるときも、まるで他人のように思えるときすらあった。それほどまでに側にいるのに、それほどまでに遠い。もう臨也のいない生活には戻れない気すらしているのに、これは恋でも愛でもなければもちろん家族の情でもない。ただ、お互いの存在だけが欲しいと、ひたすら。きっとこれはお互いに共有している唯一。

「悠理?」
「あ…? あー、ごめんなんでもないよ。買い忘れがないか考えてた」
「そう」

臨也も先の家族発言が地雷であったと察したのか、どこか居心地悪そうに、脚を動かす私の後ろについてきた。こうやって気を遣おうとする臨也は今までにも何回か見てきたけど正直やっぱり気持ち悪い。普段だったら気遣うどころか土足タイフーンなのにたまにこうだから困る、というかどうせならいつも台風でいいよどっちかにしろよ。

「んー、まあいっか! 足りなかったらまた買い物出よーよ」
「お前毎回買い込みすぎなの。荷物持つ俺の身にもなれよ」
「いつも私連れて出るのは臨也じゃん…」

悪態をつきながら交わされる会話に、不穏な空気は溶けていく。普段ならどんな話だって、それが過去の私の話であっても小馬鹿にしたように笑うくせに、私もそうするのに。どこかセンチメンタルなときに流れる空気を読まないほど、そんな空気を換気したいという想いを汲まないほど私も彼も子供でないのだと漠然と実感して、時の流れの速さを間接的に思い知る。

「ほんと、悠理ってばああ言えばこう言うよねえ。そういうとこムカつく」
「そりゃ結構。お互い様だと思うんだけどね」
「…あ、」
「?」

トートバックのさがった左腕を、臨也がゆらりと持ち上げる。右手だけで抱えることになった紙袋がバランスを失って傾ぐ。

「え、ちょっと」

自分の右腕に絡まった。

「家族とは言わないけど、せめてカップルっぽくしてくれない?」
「はあ?」
「結構この大荷物目立つんだよね。なーんか、本当に荷物持ちさせられてるみたいで不愉快」
「じゃあ私も少し持つよ」
「あのね、普通荷物は男が持つんだよ。ここで君に荷物とか…何その顔」
「いや、世間体気にするタイプだったっけ?」
「形から入りたかったの」

溜息をつきながら絡まった腕に身を任せて歩いた。どこか近場で何かあったらしい。喧騒が膨れ上がって、あまりの大きさに思わず身を竦める。

「まあ、別に家族になってもいいんだけどさ」
「え、何?」

臨也が何か言ったが聞き取れない。聞き返せばどこか寂しそうな顔をして笑うものだから、言葉に詰まった。




ウインド・シアー
(やっぱり買う量減らして欲しいって言ったんだ)(…善処はするよ)




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