頬を包んだまま顔を近づけてくるオリハラさんの双眸を見つめ返す。優遇どころの話ではない、完全にセクハラのそれなのに、どこも拘束なんてされていないのに身体が動かない。至近距離で見つめられてはじめて、この人の瞳の茶色の中にかなり強めのマゼンタが混ざっていることに気がついた。
「まあ、失恋にはまだまだ早いよ。そんな顔しないでくれるかな」
「な、」
不意に離れたオリハラさんはそういうと、近場からローチェアを運んできて腰かけた。組んだ脚が、女性でもないのに艶かしくて悔しくなる。
「ひとつひとつ潰して行こうか。まず一つ、カウンターのスタッフが君の名前を見て反応を示したのは…俺が教えておいたからだ。君が来たら俺を呼ぶようにね」
「…え?」
にやり、オリハラさんはやはり意地悪げに口角を吊る。
「二つ目、俺が君の相手をしていたのも待遇良く扱っていたのも…優待券持ちのお客様、だからだ。ああ、ちなみに今は仕事外だから安心していいよ、オーナーの折原臨也としての職務はもう終わった」
べらべらとよく喋る。仕事は終わりだと言うオリハラさんの、改めて見た印象はそれだった。私に何か言葉を返す余裕なんて持たせずに彼はさらに口を開く。
「まあ三つ目、つまり最後の疑問だけど…君がさんざん気にしてる優待券ね、」
「…はい」
「あれ、君にしか送ってないんだ」
「…は?」
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