シャン。シャキ。シャキ。シャキ。シャン。

他の席から幾分か離れたこの空間に、髪を鋤く音がこだまする。特に短くする予定もなかったので鋤いてくれとだけ頼んで、あとは沈黙を貫こうとする。口数少なくなった私を気遣ってなのか集中しているだけなのか、注文に答えたきり口を閉ざしたオリハラさんの指先に弄ばれる襟足を鏡越しに見つめた。

「なんだか静かだね。緊張してる?」
「…いえ、落ち着いたら疲れが出てしまって」
「仕事詰めって言ってたもんねえ。いいよ、ゆっくりしていくといい。…あとで紅茶を持ってこさせるから」
「…、」

やはり変だ。
美容師の事情に詳しいわけではないが、初めて来た顧客にこうも手厚く待遇するものだろうかと疑問に思う。オーナー直々のシャンプーブロー、まるでVIPルームのようなカット台に紅茶の差し入れ。慣れなければ慣れないでオーナーの態度に緊張させられたり解されたりと弄ばれた(それが本人の意図しないところでも)が、状況の異常さに気づけば全てがおかしいような気がした。もしかしたら騙されているのかもしれないという疑念に駆られる。優待券とは名ばかりで、待遇良く扱っておいて。

「…あの」
「なに?」

何より、鏡越しに感じる視線が、髪に触れる手つきが普通と違う。私を射抜く視線はどこかぎらついて、髪だってまるで壊れ物を扱うようで。獲物を狙って研ぎ澄まして、さらに細心の注意を払って。絶対に自分に非が無いように、こちらに反撃の余地を与えないようにしているようにしか思えなかった。

「どうしてこんな、待遇がいいんでしょうか…」
「ん? …ふふ、」

オリハラさんはどこか意地悪げに笑った。

「あなたが優待券持ちのお客様だから、ですよ」

シャン。シャキ、…シャン、シャキ。





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