「それじゃ、まずはシャンプーしようか」
「お願いします」
オーナーのオリハラさんは綺麗な顔で笑いながら私をシャンプー台へと通す。フランクな物言いに緊張は解れた。まるでデート中の彼女をエスコートするかのような、そんな手つきに思わず赤面する。
「始めるね」
お湯が髪にふれて、それと一拍遅れてオリハラさんの指先が髪の中に潜り込む。冷たいシャンプーが徐々に泡立つ。
「…っ、」
「痒いところ、ございませんか」
疲れてるんだ。疲れてるからこんな、……こんなに心地よく感じるんだ。別に変なことを考えてなんかいない。
「大丈夫です…っ」
「そう? 遠慮なく言ってね」
壊れ物でも扱うような手つきで頭皮を撫でるオリハラさんの手はとても心地よかった。否、気持ちいい、が正解かもしれない。腕から、手首から、手のひらから指の先に加わる圧力がさらに私の頭皮に伝わって、まるで脳を揺らされてるような感覚に陥る。もはや愛撫に近かった。
「なんだかすごく気持ち良さそうだったね。疲れてるのかな?」
「え…あ、はい。最近仕事詰めで…」
「そのたまの休日にうちに来てくれたなんて、嬉しいなあ」
頭にやわらかなタオルを巻いてもらって、また誘導される。
「あれ、あっちじゃなくていいんですか?」
「ああ、いいのいいの。あなたはほら、優待券持ちのお客様ですから」
優待券、の言葉にどこかはっとする。どこか寂しいような心持ちさえするのを押さえつけて、私は誘導されるがままに鏡の前へと座った。
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