「あー、やっと見つけた! おーい、静雄ー」

仕事の休憩中、適当に街中をふらふらと歩きながら見慣れた街を散策する。そんな中、人ごみから聞こえる自分を呼ぶ声に静雄は足を止めた。

「よう、悠理。久しぶりだな」
「おう、久しぶりー」

人を掻き分けながらこっちへと向かってくる人物に手を伸ばす。時は夕方。街は学生で溢れ帰って、それだけで歩くのすら困難になることがある。それがちょうど今の時間帯で、男子学生の間を困難そうにしながら縫って来るその女の手首を軽く掴んで引き寄せた。

「うわっ、と。ありがとう」
「お前も無理すんな。あぶねーだろ、あんな歩き方したら」
「大丈夫だってー平気だよ。…静雄は休憩中?」
「おう」

少し人ごみを離れ、近くの外灯下まで移動する。その外灯に背を預けて、静雄は煙草に火をつけた。ライターをポケットに突っ込み、悠理を見やって口を開く。

「んで、何だよ。俺に用事があったんだろ?」
「ああ、そうなんだよ。いやあ私も結構忙しくってさ。ごめん遅れちゃって。…はい」

薄いウエストポーチを開け、中身を少し漁り、悠理は1つの封筒を取り出した。それを静雄に差し出す。

「あ? なんだよこれ」
「バレンタインの。とりあえず開けてみて!」
「ああ? …あ、そっか。バレンタインかあ…」
「少し遅れちゃったけどね」

数日過ぎているとはいえ、普通この時期になら真っ先に思い浮かぶであろうバレンタインイベントをすっかり忘れていたというこの様子だと、きっとロクに貰ってはいないんだろうなあと推測して、口元だけで苦々しく笑う。冷静に接すれば普通にいい奴なのに。みんなはもっと静雄と接してみるべきだ。一般人には到底出来なさそうなことを考えながら、煙草を口にくわえたままの静雄が封筒の中から2枚のチケットを取り出すのを悠理は見ていた。

「ケーキバイキング?」
「そ、バイキング。静雄甘いもの好きだったよね、確か」
「や、まあ」
「誰かと行っておいでよ、トムさん…ってのは色気ないなあ、ヴァローナも確か甘いもの好きだったよね? 本当は3人分、チケット用意出来ればよかったんだけどさ」

ごめんね、そういって申し訳無さそうに笑う悠理の顔を見ながら、ひらりと手の中でチケットが揺れる。もう一度目を通すとバレンタイン用の特別チケットらしく、かわいらしい文字やイラストで彩られているのがよくわかった。女性が男性に贈ることを考慮した上で考えられたデザインなのだろう。男が買うには少し恥ずかしいものだなと静雄は思った。このケーキ屋の名前は悠理の口から何度か聞いた気がする。お気に入りの店なんだろう。

「ああやべ、こんな時間か。それじゃあごめんね休憩中に! また!」
「えっ、ちょ、おいコラ、待て!」
「ふげっ」

腕時計をちらりと一瞥して、急に慌てて踵を返す悠理の腕を静雄は反射的に掴む。走り出した勢いを殺されて、悠理が変な呻き声をあげた。

「なん…なんだよびっくりするなあ」
「急に帰ろうとすんなよ。…ああ、でも忙しいって言ってたよな。わりぃ」
「んー、あー、忙しいって言っても大したことじゃないんだよね、犬猫回りというか、あー、うん、まあ」
「ああ…」

動物だから変なお菓子はあげられないんだけど、挨拶だけでも行かないとさ。そういう悠理の言葉に納得して、掴んでいた手を緩める。さすがに会話中に行こうという気はしないのか、悠理も静雄に向き直った。

「お前も大変だなあ、人間だけじゃなくて動物まで知り合いだもんなあ」
「まあ池袋ではそんなに多くないから。大変なわけじゃないんだ、ただ人間と違って連絡が取れないからさ、」

人間って凄いよなあ、きっとその言葉は人間の開発したITネットワークやそのハードウェアに向けられたものだろう。確かに動物には扱えないし開発も出来ないし利用できない。

「ああ…それで、うん、静雄、そろそろ行こうかと思うんだけど」

少し申し訳無さそうに眉を垂らしてせわしなく周りを見回す悠理に違和感を覚えつつ、引き止めていたことに気づく。

「おう、悪い」
「いや、それはいいよ。楽しんできてよ、バイキング!」
「んでそのバイキングなんだけどよ、お前いつ暇なんだよ?」
「…え?」

話を切り上げたがっているようなのを無視して、引き止めた本来の目的を口に出す。

「いや、なんていうかせっかくお前からもらったんだしよ。美味かったら今度トムさんとヴァローナも連れてこうかと思って」
「ああ、ん…?」

いまいち話が飲めて無さそうな顔をする悠理に内心呆れる。普段はわりと鋭いのに、肝心なことはまったく伝わらない。なんだこいつ。


「あー、だからよ! お前と行こうと思ったんだよ! 時間はお前に合わせてやるから付き合えよ!」
「ああ、そういう! あ、えーっと! いつでもいいよ! 今週の土曜日は暇だよ!」

語調を荒げて言ってくる静雄に対して、つい悠理も語調を強めて返事する。そんな掛け合いを一瞬だけして、一瞬の間顔を見合わせ、2人で笑った。

「またあとで連絡するから。猫によろしくな」
「はいはい。楽しみにしてるよ」
「おう。…ありがとうな」

今度こそ行こうとする悠理と、そんな悠理を見送る静雄。

「…静雄」
「なんだ」
「ありがとう、誘ってくれて」
「…お、おう」

じゃ! と言って走り去っていく悠理。なぜか壁を飛び越えて、犬猫がいそうな路地裏とは真逆な方向に駆けていく悠理を不審に思いながら、土曜日の約束に少し微笑む。

「誘ってくれてありがとう、ねえ」

ちょうどフィルターギリギリまで燃えた煙草を携帯灰皿の中に差し入れて、事務所に戻ろうと身を翻した。





甘いのは君のほう

(本当は期待してたくせになんて冗談は当日にでも取っておこうと、)





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