困った。
目の前の厄介ごとから目を逸らすわけにもいかず、平和島静雄は溜息を漏らした。
「悪かったって」
「別に謝ってほしいわけじゃないし」
静雄の謝罪に対して言葉を冷たく投げ返す女の声は、微量に湿った空気を孕んでいた。そうやって漏れだした感情を、数少ない対等な人間から感じとり、静雄は駄々をこねているような態度の女に拳を握ることもなく、ただただ困ったと、頭を掻いた。
「じゃあさ、夜はあけとくから」
「何時。私眠いの嫌だよ」
「…」
「私さあ、まさか自分の順位をこんな形で知るとは思ってなかったよ」
「順位って、お前」
「らしくないこと言ってるのも子供っぽいこと言ってるのもはわかってるけどさあ、…でも」
事の発端はこうだ。週末の前日、つまり金曜日、所謂花金。なんてことないそんな日に、悠理は静雄にわざわざ1日予定を空けろと申請して、静雄もそれを了承して、仕事も休みにした。でも現実は、人間とは時に予定外の行動をとる。静雄の上司をはじめとした仕事の知り合いたちが「俺たちも休みにしたから一緒に出掛けないか」と言い出した。仮にも上司の誘いであるが故に断ることも出来ずに、悠理の用事よりもそちらを優先させた。そして、今に至る。
ただの金曜日ならいくらでも替えがきいただろうに、その金曜日は彼ら全員にとっては「意味のある」金曜日だったのだ。
「静雄の誕生日はさ、なんか…2人で、過ごしたかったのに」
呟くように吐き出された言葉は震えていて、それを隠すかのように悠理は抱えていた膝にぎゅっと力を入れた。こんな事態を避けたくてわざわざ事前に予定を入れたのに、これでは何の意味もない。それ以上に、自分との予定の上に他人との予定を上塗りされたことが虚しくも悲しくもあった。静雄がトムやヴァローナのことを仕事仲間として想っていることも理解しているが、それとこれとは、今の悠理にとっては別の話だった。
「あのよ、」
「…なに」
「トムさんやヴァローナと用事入れちまったのはマジで悪いと思ってる」
「…うん」
「でもさ、別にお前をないがしろにしてるとか、それは無い」
「…うん」
「トムさんたちだって、俺のことを考えて声かけてくれたんだし…やっぱ、断れねえ」
言い訳がましいかもしんねえけどよ、そう言って静雄はしゃがみこみ、悠理と目線を合わせた。
「あんまり誕生日とか祝ってもらったことねーから、つい浮かれちまった」
「…そうだね」
「でもよ、一番はじめに俺に予定開けるように言ったのは悠理だからさ」
そこまで言って、膝を抱えて小さくなっている悠理を、上から被さるように抱きしめた。
「こういうのに順番とかあんま関係ねえと思うんだけどよ、お前に一番最初に気にかけてもらえたのが俺は一番嬉しいんだよ」
「…」
「でも一番最後に祝われたって、お前からのが一番嬉しかったと思う。それじゃ、ダメか?」
静雄は誰かのために機嫌とりをするような人間ではない。だからきっと、この言葉も社交辞令や適当に合わせてるだけの言葉なんかじゃなくて、静雄の本心で。小さなことで拗ねて、嫉妬してごねていたのがやっぱり大人げないし恥ずかしい。いつだって静雄はこんな風に、悠理をまた許してる。
「…じゃあさ」
小さく声を発した悠理の言葉を聞こうと、静雄は少し体を離した。
「当日も最初と最後もらうから。いいよね、そんくらい」
「…ああ?」
「だから…その。木曜日、日付変わる前に来るから。…金曜も夜は空いてるんでしょ」
その言葉を聞いて、一瞬の間をおいて静雄が嬉しそうに微笑む。
「わかった。ちゃんと帰ってくる」
静雄が笑ったのにつられたのか、悠理も不機嫌そうな表情を崩して笑顔を見せる。そのまま静雄の肩口に顎を乗せて甘えるかのようにくっついた。
君が生まれた日のはじまりとおわりに傍にいるのが、どうか私であるようにと。
ひとりじめ願望