特にやることもなく、ふらふらと街を歩く。歩き疲れて休憩しようと西口公園にやってきたところで、ちょうど休憩時間だったらしい静雄と出くわした。

「静雄も仕事大変そうだねー」
「まあ、楽じゃねえけど。でもやっと続くようになった仕事だし、トムさんも良くしてくれるし。わりと楽しんでる」
「よかったじゃん。…ごめん、昔の静雄のことは知らないけど」
「会う前のことを気にしても仕方ねーだろ」

静雄とはわりと仲がいい。知り合ってからの期間こそ短いものの2人の信頼関係は厚く、表裏の無い悠理には静雄も気を許していた。

「んでよ、こないだ幽のやつが」
「うん…あ、ちょい待ち」
「あ?」

他愛の無い話を交わしながら、お互いに休息を謳歌する。静雄の話を止めるかたちでそれを遮ったのは悠理だった。

「…ごめん、あとででもいいかな? 静雄の都合のいい時間に電話するよ」
「いや俺の話はいいけどよ…なんか聞こえるのか?」
「多分猫じゃないかなあ。どこかで呼んでるんだ」
「猫?」
「あー、いいよ。静雄は仕事中の貴重な休憩時間なんだからさ」
「んな水くせえこと言ってんなよ」

動物と意思を疎通する。文字に現すならその一文が、悠理の力だった。普通の人間なら何を馬鹿なと一蹴するところだが、生憎静雄の周りには静雄本人も含め、「普通ではない」人間が集まっている。いまや悠理も、そんな普通ではない人間の一人だった。静雄も最初は半信半疑だったが、自分やセルティのこともあり、時間がたつにつれて何度か動物たちと意を共にする悠理の姿は違和感なく受け入れられた。悠理が池袋に潜む鳥類たちを即興で召集し、率いて、あの折原臨也を追い回したことはまだ記憶に新しい。



♂♀



「このへんかな?」
「どれ」

公園の端から木の間を縫い、声のする方へと近づく。やがてにゃあ、と小さな声が頭上から聞こえ、二人はそれを追って空を仰いだ。そこには木の枝の上にちょこんと座り、か細く鳴く子猫の姿があった。

「降りられなくなっちまったんだな…」
「ベタな展開だけど、まあ仕方ないよねこういうのは。…今そっち行くからねー」

子猫に声をかけ、悠理は木に足をかける。スパッツを履いているとはいえ、スカートの中身が見える状況になることを察した静雄はその場から数歩後ろに下がった。器用にスルスルと子猫の傍まで辿り着くと、声をかけて子猫を腕の中へと納める。そのまま静かに枝の上で立ち上がり、飛び降りようと脚に力をいれた。

「おい、気をつけろよな」
「大丈夫だって。私を誰だと思ってる!」

パルクールやらせたら臨也にだって負けないんだからね! そう言いかけて、眼下にいる男が平和島静雄であることを思い出して言葉を飲み込む。子猫をしっかりと片腕に抱え、飛び降りようとしたそのとき、悠理のブーツが、滑った。

「う、ひゃあ!?」
「あぶねえ!」

けして低くない位置からの落下。咄嗟に受身を取ろうにも、片手では衝撃を受け流しきれないかもしれない。一瞬だけ逡巡し――、その一瞬のうちに身体は地面へと―――


バフ、と質量のある音がして、暖かいものに抱えられる感触がした。鼻腔をくすぐるのはアメリカンスピリットのメンソール。細いくせにまるで体重分の負荷などかかってないかのようにびくりともしない肩、言うまでもなく静雄の腕の中。まるで静雄に抱きつくような、だっこされているような体勢で、悠理は抱えられていた。

「…う、おお……、ありがとう、静雄…」

急いで少し身体を離し、静雄の顔色を伺う。案の定こめかみに青筋を立てた静雄を見て、正直落ちた瞬間よりも肝が冷えた。

「言ったよなあ…気をつけろってよお… ああ…?」
「す、すいませんでした! 以後気をつけま…いひゃい! ひうお!いひゃい!!」

頬を引っ張られて悲鳴があがる。数秒間そうして悠理の頬を抓っていた静雄も気が抜けたのか馬鹿らしくなったのか、不意にその手を放すと悠理を地面に降ろした。

「ったく、気をつけろっての」
「すいませんねそそっかしくて! …君は大丈夫かな?」
「おお…早く降ろしてやれ」

腕の中でこころなしか苦しそうにしていた子猫を地面に放してやる。子猫は平気だというように毛づくろいをしてみせると、悠理に何かみーみーと鳴いて、最後に一声、にゃあと鳴いて走り去って行った。

「…なんか言ってたか?」
「んっ…あ、あー、うん、ありがとうって」
「他にもみーみー言ってたじゃねえか…おい、なんだよ。こっち向けよ」
「ななな何も言ってない! 言ってなかった! じゃあ仕事頑張って!」
「おい! 悠理!」

こちらを振り返りもせずに物凄い速さで走って行く後姿を見送りながら、どこか釈然としないまま静雄は煙草を取り出し、火をつけた。抱きかかえられた瞬間らしくもなく少女の鼓動が跳ねたのも、少女が子猫に『ボクがいなければもう少しイチャイチャ出来たのにね』としたり顔で言われて赤面したことも、彼は知らない。




まだ君は知らなくていい

(つり橋効果なんだから…惑わされないんだから…!)
(あいつ前に抱えたときより重くなってたな)





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