「おー、ここが池袋かあ」

電車から降りて駅を出て、まず最初に適当なビルの屋上へと向かってみた。見渡せばそこは一面池袋景色。文字に起こしてみるとよくわからない。とにかく悠理にとっては予想以上に都会の街であった。

「野良猫も野良犬もそこそこ、鳥もなかなか…いないわけじゃない、みたいだし」

キョロキョロと周りを見渡して、鳥が飛んでいる様を眺める。やがてその作業にも飽きたのか、腰掛けていたフェンスの外側ですっくと立ち上がる。どう見ても自殺志願者のような振る舞いのそれだが、悠理は何も臆することなく、背伸びをひとつしてみせた。

「挨拶周りと情報収集でも、行こうかなっと」

先にマンションに送った荷物は夕方届くようなので、それまで随分と暇だ。それまでは新たに住む街の探索でもしよう、そう心の中で呟いて―――

悠理は、その場から飛び降りた。





♂♀






『はじめまして、この街にはじめて来たんだ、悠理っていうんだけど。君の名前は?』
『…お前、俺たちの言葉が分かるのか?』
『まあね。まだ人間の知り合いがいなくてさ、とりあえず君たちから色々と知りたいんだよね』

路地裏の隅、猫の集会所。そこに悠理は屈み込んで、会話をしていた。猫と。

『へえ、俺たちの言葉がわかるやつなんて初めて見たよ』
『私も自分以外は見たことないよ』

その光景を見ているものは誰もいない。もっとも、見ていたとしたって女が一人で必死に猫に話しかけているようにしか見えないだろう。だが彼女たちは確実に「会話」している。意思を明確に、疎通させていた。





「予想外に怖い人たちっているもんだなあ…」

先ほどの猫たちが教えてくれた池袋の情報は、ガイドブックに書いてあるようなことが大半だった。あとは猫同士の縄張り争いの模様とか、どことどこの猫は仲がいいとか悪いとか。だがただ2つ、気になることがある。「関わらないほうがいい人間」の話。一応自分はれっきとした人間なので、そこは非常に重要な情報だ。いろいろと踏み込んで聞いてみたが、その猫たちからは詳しいことはわからなかった。ならばあとは聞き込みをして回るのみ。手にした池袋の簡易地図に先ほどの集会所のボス猫の名前(ジーノというらしい。洒落た名前である)を書き、教えてもらった他の集会所のあたりにも印をつける。動物と意思疎通をする自分にはとても有益で、そして必要な情報だ。

「とりあえず今日はある程度みんながどこにいるのか収穫できればいいかな」

一番手近な集会場まで走っていく。どこか足取りは軽かった。





♂♀





「へーわじま、しずおと…おりはらいざや、ねえ」

集会所を適当に回って情報収集をして、その「関わらないほうがいい人間」の情報を集める。もっとも、ちゃんと人間と会話をすればそんな情報はすぐ集まるどころか「関わってはいけない人間」の名前だということもすぐにわかったのだが、今の彼女にそれを知る術はない。平和島と書くのであろう苗字を口にしながら、平和なのに危ない奴とはどういうことかとひとりごちる。もう片方も珍しい名前だし。なんでも平和島さんのほうは自販機を投げたりするらしい。非常に眉唾な話だというか、どんだけ筋骨隆々な奴なんだ。逆に気になる。折原さんの方は見た目とか纏う空気がヤバいと猫たちは言ってたが、動物を以てしてもヤバいってなんなのかかえって気になる。出来れば会ってみたい。不謹慎ながらもそんな思いがした。

昼ごろからそんなことを続けて、一応周辺の野良猫や鳥の住居は把握できた。見事に裏路地ばかり。人目を気にして動くことは少なく済みそうだ。傾いた陽を見て、宅配が来ることを思い出す。マンションのある方向を確認して、軽く走り出す。走った先には別の建物の敷地を覆う高い壁があったが、悠理は構わずに走った。2メートルはあるであろう壁を軽く蹴り上げ、一気によじ登ってはその壁の上、幅十数センチの塀に乗り移って駆け出していく。そのまま塀の上を走り、途中で別の塀の上に飛び移り、悠理は池袋の街に消えていく。日没後は夜行性の動物にも挨拶しようと思いを巡らせながら。





猫と彼女と池袋







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