南池袋公園。時間は日付が変わる頃。
携帯電話に表示されている名前、「竜ヶ峰帝人」という文字を眺めて―――折原臨也は俊敏な動きで振り向いた。しかし、そこには誰もいない。それでも彼は警戒を緩めず、周囲に視線を彷徨わせる。それでも周囲に変化は起こらないまま。

「…誰だ」

無感情にそう言って、反応を待つ。気のせいだったか、と思い直す頃、彼の近くの木から何かが飛んだ。そしてそれは下にあった花壇の淵に着地する。

(女、?)

身のこなしと、月の逆光によるシルエットからそれが人間だとはわかった。それも女。こんな時間に女が1人で、しかも人気のない公園をうろついていること自体が不自然だし、何よりも木の上にいたことが気になる。その女はゆっくりと立ち上がり、臨也の方を向いた。

「あんたが折原臨也?」
「誰だ?」
「…なんかもっと凄い人かと思ってたのに、なんか、普通の人だなあ」
「…あぁ?」

自分の問いに答えない女に多少苛つきを覚え、それを隠しもせずに声音に乗せる。女がふらふらとこちらに近づいて来て、臨也はコートのポケットからナイフを取り出して女に向けた。

「っと! ちょっと、脅かさないでよ、びっくりするじゃん」
「もう一度だけ聞く。誰だ?」
「誰って聞かれても、まあ私もあんたのこと知らないから! 危ないからそれしまってよ、もし警察とか来たらどうすんのさ!」

話が噛み合わない。向けられたナイフに戸惑い、両手を軽く挙げる女には見覚えもなければ、危ないような、敵であるような、裏の社会の人間独特の気配も感じられなかった。

「ええと、名前は一応伏せとく。いっとくけど、ただの一般人だから。最近池袋に引っ越してきて、あんたの噂を聞いたからどんな人か見てみたくなった。歳も近いって聞いてさ、なんか気になっ…ごめん、わかったごめんなさい、ナイフ仕舞ってください結構怖いんで」
「今日俺がここに来るって、誰に聞いた」

女が一般人であることにも疑問を覚えるが、今はいい。自分の名前を聞いて、好奇心だけで接触してくるような分類の人間。だがそれだけならいい。なぜ自分が、この時間に、ここにいることを知っているのか? あの身のこなしはなんだ?

「えっ…と、それは…なあ」
「早く言え」
「言っても納得して、もらえなさそうだしなあ…」

突きつけられたナイフの先端と臨也の顔を焦ったように交互に見るこの女は、心底困ったようにしながら後ずさりした。それをゆっくりと追い詰める臨也。やがて木の幹に女の背がつく頃、突然女は右手を口に差し入れ、強く口笛を吹いた。突然の行動に多少面食らって周囲に視線をやるものの、特に周りに変化は見られない。なんだったのかともう一度女の顔を見たとき、そこにはもう困ったようにしている表情はなかった。

「……っ!?」

突然、何かやわらかいものが背中に当たった。続いて脇腹、頭、後頭部。同時に何か鋭い痛みが皮膚に伝わる。原因を探っている間に、女が右手に何か手袋を嵌めていることに気づく。気づいたときにはもう嵌め終わって、自分が握っているナイフに手を伸ばしているところだった。

「なっ、離、」
「…さないよ。こんなもの持ってて、皆が怪我したらどうするのさ」

握ったナイフをさらに握り直しながら、女が肉薄する。表情は至って普通。焦りも勝機も感じさせない。一般人がこんな状況でこんな落ち着いているものか。思案する間にも首筋や手首、露出した腕に何か硬いものが当たる。どうなっているんだと女の顔を至近距離で覗き込もうとして、その間を、羽根が一枚、落ちていった。

(羽根?)

なぜ、と思った瞬間、後頭部に一際鋭い痛みが走り、ナイフを握った手が緩んだ。その隙を逃さないとばかりに女は刃を握ったナイフをそのまま臨也から奪い取り、何かと格闘する臨也の前から消えた。一瞬で臨也の脇に抜け、地面を蹴る。公園の地面を彩る石畳がタン、と鳴って、女は走りだす。


走りながら右手に握っていたナイフを左手に持ち替え、右手に嵌めた手袋を歯で引っ張って外した。その右手を口にやり、先ほどよりやや弱い口笛を吹いた。その音とほぼ同時に、臨也を襲っていた何かは臨也の前から離れていく。体勢を立て直した臨也が周囲を見渡したときは、襲っていた何かは元より、女の影も見当たらなかった。






新参者、現る







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