悠理と杏里が例の「切り裂き魔」と遭遇してから数日。
あの日は咄嗟に逃走を図り、その後駆け付けた帝人の助けにより特に事なきを得たが、流石に心労もあったのか、好奇の視線を避けるためか、杏里は学校を休んでいるようだった。今回の被害者たちが「杏里を常習的に詰っていた連中」だったのだから、ほとぼりが冷めるまでじっとしていた方がいいだろうという悠理の提案でもあった。

「最近、チャットに意味わかんない荒らしが来るんだよね。呼んでもないのに出てくるから結構困っててさ」
「チャット?」

喫茶店の隅の席で、臨也がぽつりと呟く。激烈な出会いから約1年、気づけば普通に談笑する機会を作るようになってしまった。出会った当初の自分が見たら文句を言いそうだなと、ぼんやりと悠理は考える。
先にそういった接触をしてきたのは臨也の方だ。たまに遭遇しては飯を食う、という仲だったはずが、知らないうちに自宅と携帯番号を突き止められていたのだから流石に情報屋様は侮れない。

「俺が管理してるチャットルームでね。首なしライダーとか帝人くんもいるよ、まあ、互いに自分の知り合いだってことは知らないだろうけど」
「へえ。世間は狭い…とか思えばいいの? 招待するだけしておいて、知り合い同士が知らない人だと思って会話するのを眺めて楽しんでる臨也くんは相変わらず悪趣味ですねって言えばいいの?」
「どっちでもいいさ」

なんでも、最近不定期に出没する荒らしらしい。こちらからのレスには反応がなく、短時間に連投を繰り返しては突如として退室、を繰り返しているとのこと。臨也の管理するチャットルームだけでなく、池袋に管理人が存在するチャットルームに現れては同様の手口で現れていくのだった。

「別にいいんじゃない、愉快犯だとでも思っとけば」
「俺、自分の話無視されるの嫌いだからさあ。それに、話は通じないけどそれが演技な可能性だってある。俺たちの会話ログを見られてるって意味じゃ、ちょーっと都合が悪くてね」
「自分のことは棚に上げて、よく言うよ」

アイスティーをマドラーで意味もなくぐるぐるとかき混ぜる。残りの少なくなったグラスの中で、氷がからからと耳障りな音を立てた。

「そういえば、こないだ首なしと連絡したんだよね。仕事以外で」
「セルティと? 珍しいね」
「首なしに会いたがってるっていう人が来てね。紹介してあげたのさ」



♂♀




今何してるの、とメールを入れれば、「公園でインタビュアーの人と待ち合わせしてる」との返信と、現在地の地図が送られてきた。インタビュー? 臨也の件と関係あるの? とも思ったが、本人に聞いたほうが早い。悠理はセルティに会いに行くべく、思ったより遠くない位置にあった公園へと足を運んだ。


『どうも。運び屋のセルティです』
「…」

インタビュアーだという男は、返答に困っているようにも見えた。無理もない、あの都市伝説様が、まったく関係ない形で自分の目の前に現れてしまったのだから。なんでも彼は、池袋で一番強いと囁かれている静雄について、その真偽を調べていたらしい。

「えー…はじめまして。折原さんから、あなたがシズオさんの知り合いだと聞いて紹介していただいたのですが……」
『ああ、平和島静雄ね。うん、気の許せる友達ですよ。私にとってはね』

セルティとインタビュアーの男…贄川がぽつぽつと話をしているのを、近くのベンチから眺める。やがて話が終わったのか、おずおずと贄川が、インタビュー中とは少し違った表情でセルティに何かを尋ねた。おそらく、「首なし」の真偽についてというのは傍目からでもわかる。セルティがそっとヘルメットを外し、その下を見せると、案の定贄川は放心したようにぼーっとしてしまった。二三、声をかけたセルティが『ダメだこりゃ』とでもいうように肩を竦めると、終わったよ、と悠理に向かって手を振る。悠理はセルティに駆け寄って、促されるままバイクに跨った。

「何聞かれたの?」
『普通に、静雄のことだよ。いまいちピンとこなさそうな顔してたけど…アレは見てみないとわかんないしな』

影で宙に浮いたPDAに、同じく影が文字を入力して文字を浮かび上がらせていく。当のセルティは、もちろんバイクのハンドルを握ったままだ。アレ、というのは恐らく、静雄の常人離れした身体能力のことだろう。静雄のそれは完全に規格外だ。目で見ないことには、どんな話をしたって眉唾のはずだ。

『会社の名前を教えるのはどうかなと思ったから、会社に辿り着けるような情報は話しておいたよ』
「遅かれ早かれ、職場には辿り着く…か」

なんとなく、漠然とした不安を抱えて悠理は眉を顰める。知ってかしらずか、セルティは影でまたPDAに文字を打ち込んだ。

『そうだ悠理、久しぶりにうちに寄っていかないか。新羅が五月蝿いかもしれないけど』
「あー、行くよ。岸谷先生、最近会ってないしね」

池袋に用事も出来たところだしね、そう呟いた悠理に『何か言った?』とセルティが尋ねたが、なんでもないよと返した。







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