「なんか悪いなー! ごちそうさま!」
「案外ちょろいね、君」
「うるさいな」

銀座でごくごく普通に夕食を取り、行く宛もなしに地下鉄のホームへと滑り込んだ。帰宅ラッシュの時間も過ぎ、人の通りも随分とまばらだ。壁にかかった巨大な広告に背を預け、何の気無しに軽口を交わす。

「というか、真逆本当に一緒に夕飯食べるなんて思ってなかったよ。悠理はもっと俺のことを警戒してるもんだと思ってたけど」
「警戒はしてるよ。してるけど、飯くらいなら普通に食えるって露西亜寿司で確認取れてたし」
「ちゃっかり奢らせてるあたりいい根性してるよね」
「お前には言われたくないな」

悠理が俺のことを胡散臭いと思うのと同じように、俺も悠理のことは変な子だと思ってるんだけど。淡々とした声で折原が呟く。

「胡散臭いというか…お前の行動には思うところがあるから」
「俺の行動? へえ。俺が何したっていうのさ」
「何もしてないだろうね。だけど無関係じゃないだろうなってことくらいはわかる」
「なんの話をしてるんだか」

くつくつと、折原が笑う。よくもまあしゃあしゃあと。池袋の都市伝説、黒バイクことセルティ・ストゥルルソンの姿が脳裏をよぎる。彼女が失くしたという首。先月開かれた、ダラーズの初集会。張間美香と矢霧誠二。それから、矢霧波江。直接の関係はなくとも、組織の「頂点」として当事者となった竜ヶ峰帝人。全てを見通していたかのような折原。あれを、忘れるわけはなかった。

「別にお前に興味があるわけじゃないよ。でも、訳の分からないことをして皆に迷惑かけるようなら黙ってない」
「信用ないなあ、俺。しかも、何もしてないってある程度確信させてるのにこの言われよう。ねえ悠理、知ってるかい」

何を。聞き返す前に、ニイ、と口の端を吊り上げて折原が笑った。

「人間には名前がある。固有名詞って奴さ。俺だったら折原臨也、君だったら風真悠理。これだけで、特定の人物を的確にピックアップ出来る。逆に言うと、名前を呼べない相手っていうのはいまいち存在感に欠ける。相手が誰なのかわからなくなる」
「…だからなに」
「悠理はさっきから、俺のことお前お前って言うからさ。呼んでみたら俺の印象も変わるんじゃないかなと思って?」
「ふざけんな。なんで名前で呼ばなきゃならないんだよ」

つれない女、そう言ってからからと折原は笑った。

「俺はね悠理、正直君に興味があるんだ。君の過去の経歴はほぼ抹消されている。歳は19だから生年はわかるけど、誕生日すらわからない。家系のこともわからない。これだけでも普通は警戒すべきなのに、おまけに動物と喋れるなんてトンデモ機能までついてる。おかしいと思わない?」
「さあね。私は生まれたときからこうだから」
「生まれたときから…ね」

意味ありげに呟いては、肩を竦める。追求はしないよというサインらしかった。

「君がワケありっぽいのはよく理解してるつもりだ。そして現状、俺の知る範囲で君の情報は掴めない。悠理の中で俺が要警戒人物であるように、俺の中でも悠理が要警戒人物なわけさ。だから俺は君の素性がわかって、俺の邪魔をしないって確証が取れるまで君への接触を続けることになる。君だって、俺が訳の分からないことをしないように接触してくるつもりなんだろ? 仲良くしておいて損はないんじゃないかな」
「仲良くする理由にはならないな」
「なるよ。悠理、友達いないんだろ。だから俺との夕飯にも着いてきた。人間は、どうも孤独ってものには弱いらしい」

馬鹿なことを、との言葉が喉の奥で引っかかる。今日は、言い返せなかった。



「友達になろうよ、悠理。俺も友達いないんだ、臨也って呼んで」
「……友達はなろうと思ってなるもんじゃないと思うけど」
「じゃあ、形から入ろう。これで名前を呼ぶ理由が出来たんじゃない?」


微妙に粘着質なこの男を相手に、ムキになって苗字呼びを貫く理由もなく、気力もなく、勝手にしなよと投げ遣りに言えば何が楽しいのか臨也が笑った。
友達になれるかは、別の話だ。





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