見回りに来た警官をうまく撒いて、セルティと帝人を路地裏から解放する。ヘルメットを頭部に据えたセルティが、首の女のいるバンへと近づくのを、悠理は臨也の隣でじっと見ていた。セルティが何を思って自身の「首」を見に行くのか、理由ははっきりわからないにしろ、それは黙って見ているべきなのだと思った。少なくとも彼女にとってはあの首は20年間も追い求めた「自分の首」なのだから。

「…おや、」
「?」

臨也が訝しげに声をあげた。視線の先を追えば、帝人と同じブレザーを纏った青年がこちら側に歩いてくるところだった。帝人の知り合いだと思い、呼びにいこうとして寄りかかっていた壁から背を離す。離したところで事は起こった。

「悠理、いいよ。彼は帝人くんに用事があるわけじゃない」
「え、……は、?」

振り返った悠理の目に、予想していない事態が映る。セルティが膝をついていた。青年の手には池袋のネオンライトに照らされた銀の刃が光っている。青年はそのままバンの中に乗り込む。若干の間のあと、バンから降りた青年の手には――女の、首の女の手が握られていた。

「おい、何か持ってないか? またお前の差し金か?」
「俺じゃない。彼本人の行動さ。…しかし、運がいいよねえ。相手がシズちゃんとか運び屋だから大事になってないだけで、とっくに傷害事件になってそうなのに」

青年は帝人に近づき、何か話をする。やがて不穏な空気が臨也と悠理の元にも伝わってきて、周囲が空気を感じ取る頃合で二人も帝人たちに近づいた。青年が帝人にメスを向けた瞬間、青年の背後から影が伸びてきてその体を打ち据える。背後からセルティが隙を伺っていたらしい。相当な衝撃であったはずだが青年がメスを取り落とすことはなく、なおも帝人に切りかかろうとした。

「おい、ちょっと!」
「…はあ。待ちなって。君ってほんと、」

止めに入ろうとする悠理の肩を、臨也が強く掴む。

「君ってほんと学習能力がないよね。首突っ込むのはかまわないけどさ、そのうち運び屋みたいに無くしちゃうよ、それ」

そんなやりとりの間にも青年は暴走を続け、気づけば、


『やめてぇぇぇええええッ!』


これは、私の首ではない。
セルティがそう気づき、青年――矢霧誠二が青ざめる頃、女は泣きながら叫んでいた。

「私、誠二さんに殺されかけたけど、それでも誠二さんが好きで……! そしたら、そしたら、お医者さんが来てッ……少しだけ整形と化粧をすれば……あの首と……誠二さんの愛してる首とそっくりになるって!」


「あーあ、運び屋、行っちゃったね。大荒れだね、あれは」
「…どういうことだよ、お医者さんって」
「そのお医者さんは運び屋…セルティの顔を知ってるんだよ。要するに、首を見たことがあるってことだ。だから、張間美香の顔をセルティの顔に整形することが出来た」
「じゃあ、その医者が黒幕ってこと? 首の場所を知ってたってことだろ」

セルティがバイクを嘶かせ、この場を去り…誠二が崩れ落ちる。その後ろ姿を見て臨也はニヤリとわらった。

「その医者ってのが、運び屋の同居してる闇医者なのさ。日本に来てからずっと一緒にいた奴が首の場所を知ってたなんて、運び屋も怒るだろうねえ。おかしいや」

誠二に近づき、何かを言いつける臨也をぼんやり眺めながら、事の顛末を理解した悠理はぼんやりとセルティのことを想った。

(ずっと隣にいた人が黒幕、か)

月が大きくて、気持ち悪かった。




♂♀



「結局、折原は何がしたかったんだ? 矢霧製薬を潰したいとか、そんな理由じゃないと思うんだよ」
『そんなこと、僕に言われたってなあ』

夜道、偶然会ったのは先日お世話になったコミミズクの群れのボス。名前はジーニアス。暗い路地の隅で、事件の流れをざっくりと説明する。なんともなしにそう発した言葉に、ジーニアスは苦笑したように返事した。

『僕たちは折原臨也のことを知らないからね。知りたくもないし。悠理があいつに関わるのは止めないけど、どうなってもしらないよ』
「わかってるよ。ただ…ちょっと気になって。折原関連での知り合いも増えちゃった」
『無視は出来ない、って?』
「まあね」
『おせっかいだなあ』




「だけどね、確信したよ。あの世はある。そういう事にしておこう」

焦燥した表情の波江を前に、臨也は朗々と語りかける。

「この首はきっと、待っているんだよ。目覚めを。戦の時を、ヴァルハラに迎え入れる、聖なる戦士を探すための――」




「結局、セルティの首がどこにあるかわからないんだ。でも、この近くに絶対ある。…折原が関わってないっていう可能性は、ほぼゼロだと思う」




「この首が生きているのに目を覚まさないのは、ここが戦場じゃあないからさ。できる事ならば、俺もその戦士に選ばれたいな」




「あいつは何がしたいんだ?」



「俺はどうすればいい? 戦か、戦を起こすしかないんだよなあ。」



「多分、目を離しちゃいけないんだ。よくない予感はするんだ」




「地上に堕ちた天使を――俺達の手で羽ばたかせてやろうじゃないか? ねえ?」




「折原、臨也…、」





そして、東京の街は動き出す。




スターティング・オペレーション





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