午後11時 池袋 60階通り


ハンズ前で揺れる人影。何をしているのかまでは把握出来ないが、きっとあそこにいる小柄な人影が帝人だろう。やがてちらほらと電子音が通りを覆っていく。ピロロ、とポケットの自分の携帯電話もメールを受信して、音で知らせた。

「今携帯のメールを見ていない奴らが敵だ、ねえ…」

ビルの出窓の上のスペースを拝借して、悠理は眼下で蠢きだした群集をぼうっと眺めた。見渡す限りの人、人、人。東京23区における人口密度世界一の肩書きは伊達じゃない、そう小さく呟いてこれから先起こるであろう出来事を憂い、セルティを想った。あの人は、彼女は、大丈夫だろうか。


やがて、精霊が池袋に具現化する。






♂♀





「集会中は姿が見えなかったじゃない。どこ行ってたの?」
「上から見てたんだよ。…セルティ、大丈夫だったかな」
「さあねえ」

群集が消え始めたのを見計らって、悠理は地上へとダイブ。あまりにも人が多くて、地上に着地する隙間と余裕が無かった。ずっと出窓の上で事の収集を待っていたのだ。

(…デュラハン、ね)

この現代日本で、この池袋で、彼女は姿を晒してしまった。力を行使し、権威と彼女自身の誇りを、存在を、象徴するかのように叫んでみせた。彼女のこれからがどうなるのか、今のセルティにすらわからないものが悠理にわかるはずはなかった。そして多分、隣に立つ臨也にも。

「今まで…本当にあれだけの人がいたのか?」
「お、ドタチン久しぶり」
「京平も来てたんだ」

近くに止まっていたバンから京平が降りてきて、悠理と臨也に声をかける。口ぶりからしてきっと集会にも参加していたのだろう。バンを見やれば狩沢と遊馬崎が車内にいるのが見えた。

「悠理も来てたのか。しかし…いたんだな、ダラーズのボスってのは。直々に動くとは俺も思ってなかった。…昼のうちに捕まえといた子、関係あるのか?」
「そんなの俺らだって知らないよ。ボスの意向なんて。ねえ、悠理」
「…というか、悠理はまだ臨也とつるんでたのか。本当に何もないんだろうな?」
「何もないよ。折原に加担した覚えもない。何かあったら京平に連絡するから大丈夫」

そんな会話を繰り広げていると、セルティがふらりと戻ってきた。臨也がセルティに歩み寄り、何やら会話をする。やがてセルティがヘルメットを被り直す。どうやらお開きとなったらしい。臨也が少し怪しげな笑みを浮かべているのが気になって、悠理は後ろを付いていった。

「ちょっと、折原どこ行くの」
「帝人くんのところさ。今日は実に頑張ってたからねえ。俺は愉快だよ。…ほら、いたいた。おーい、帝人くん」

どこか茫然自失といった感じの帝人だったが、臨也の顔を見て血色を取り戻す。

「正直、驚いているよ。ネット上で、相当の人数が『ダラーズ』を名乗っているという事は解っていた。だが、まさか今日突然オフ会……いや、集会をやるなどと言って、わざわざ集まる者がこんなにいるとはね」

朗々と語るように言葉を紡ぐ臨也の言葉を数歩後ろで聞きながら、その言葉の真意を探る。ダラーズのボスである帝人にこんな話をしてどうする。ただでさえグレーゾーンの出来事であるというのに、奥へ誘い込むような言い様に悠理は不安を覚える。案の定、帝人の目は段々精気を取り戻し、どこか爛々と輝いていた。折原はこの子をどうしたいのかわからない。疑念は膨らみ、まるで想像がつかない事実に、心底この男の計り知れなさに恐怖する。

「本当に日常から脱却したければ――常に進化を続けるしかないんだよ。目指すものが上だろうが下だろうがね」

セルティ、デュラハン、竜ヶ峰帝人、ダラーズ。創始者。臨也の話を耳に入れつつ、最近得たばかりの知識を頭の中で羅列しても何の意味も成さない。ただエネルギーを消費するだけの行為に虚無感を覚えて悠理は静かに息を吐き出した。

「…ほら、何ぼーっとしてんの、行くよ、悠理」
「え? …あ、え」

いつの間にか話は終わったらしく、踵を返した臨也が声をかける。帝人をちらりと見れば、釈然としない顔で臨也を見ていた。

「…帝人くん」
「悠理さんも、ダラーズのメンバーだったんですか?」
「まあ…一応ね。知り合いに誘われたばっかりで、あんまり大したことはしてないんだけど」
「いや、いいんです。ダラーズのために何かして欲しいわけじゃないんです」
「そっか。…あのさ、帝人くん」
「なんですか?」
「………いや、何かあったら連絡して。絶対」
「…? はい」
「折原臨也は、」
「はい、」

息を吸い込んで、帝人に正面から向き直る。

「折原臨也は、正直、よくわからない」
「…僕も、です」
「何かやらかすかもしれない。もしかしたら帝人くんにも、セルティにも、私にも、この街自体にも迷惑をかけることがあるのかもしれない」
「はい」
「もしそんなことがあるなら、私はそれを止めたい。止めたいっていうか、私一人じゃ無理だと思うから。そういう意味で協力を仰ぐことがあるかもしれない、けど」
「…、」
「…ごめん、なんかよく伝わらなかったけど」
「いや、なんとなくわかりますから、大丈夫です。……臨也さんをよろしくお願いします、で僕の反応はあってますか?」
「…うん、間違ってはないと思う。あ、間違っても別にあいつと友好関係築こうって思ってるわけじゃないから。そこは間違えないでね」
「はい」

ようやく笑ってくれた帝人と連絡先を交換して、臨也の後を追う。途中、田中太郎がどうとかと大声で言っていたが帝人くんに通じているならそれでいいんだろう。




悪意に効くお薬の処方箋





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