帝人の戻りが遅い。そう気づいて駆け出すセルティの目の前で、窓から男たちが飛び出す。止まっていたバンがエンジン音を鳴らし、セルティたちをはじきとばすのも厭わないというように荒々しく出て行く。

「ッンの野郎…!」
「待ちなよ悠理。追わなくていい」
「でも!」
「脚が無いだろ。走って追いかけるつもり?」
「私なら追える!」
「無理だよ。運び屋、君もだよ。追う必要はない。…多分、矢霧製薬の奴らだね。バンに見覚えがある」

悠理の首根っこを掴みながら、臨也がセルティを止める。矢霧製薬、の名前を聞いて帝人はしばし硬直した。静かになった部屋で、やがて帝人がパソコンを起動する。困惑する悠理の脇腹を、臨也が軽くつついた。

「なんだよ、」
「正直、疑い半分だったんだが――――」

臨也の言葉と同時に、帝人が物凄い速度でパソコンを操作する。気のせいか、見に纏う雰囲気までが変化していくように見える。軽やかなタイピング、スムーズなマウス捌き、殺風景な部屋に不釣合いな大きなパソコン、部屋の主、竜ヶ峰帝人。彼が振り向いたときには、先刻までの穏やかそうな少年はもうなりを潜めていた。

「お願いです。少しの間だけ――私に協力してください。…駒は、私の手の内にあります」

新しい玩具を自慢するような口ぶりで、臨也は軽くセルティと悠理の肩をパシリと叩く。



「――大当たりだ」






♂♀





「どうなってんだよ」
「どうもこうもないさ。俺の読みが当たっただけ。…まあ、ずっと見てたから当たったっていうのも変な話か。こうなることはある程度決まっていたんだ」
「…」

帝人のアパートの近くの通りを歩きながら、悠理は臨也に詰め寄った。帝人から伝えられた作戦を聞き、それに承諾したセルティは例の黒バイで先に出た。きっと今頃は首の女と会っている頃だろう。

「でも、その首の女ってのは今どこにいるの」
「ドタチンたちと一緒じゃない?」
「…京平?」
「あいつら確か、矢霧に雇われてた人攫いのチンピラどもをシメてたはずだけどね」
「人攫い…さっきの連中は本来首の女を攫いに来てたわけ、ね」
「そう。シメたチンピラからその女の所在を聞いたドタチンたちが、先に帝人くんのアパートから連れ出したって寸法さ」
「…それもダラーズの仕事なわけ」
「仕事っていうか、まあ…間違いでもないけどね。君も知ってるだろう、ダラーズはなんでも出来る組織さ」

門田たちは優しい。そしてお人好しだ。全て善意だ。ただの善意から起こった行動という点では猫探しも人助けも一緒のはずなのに、一緒だからこそ得体の知れない何かが湧いてくる。混乱する。自分も所属している、ダラーズという組織。あまりにも広く、恐ろしい。

「俺は君と会う前から帝人くんと接触しててね。君と会ったあの日、実物の帝人くんに会いに行った日だったんだ。他にも用事はあったけどね」
「…へえ」
「あれ、何も聞かないの? 結構引っかかる物言いしたと思うんだけど」
「どうせ突っ込んだこと聞いたって言わないだろ」
「君、パルクールはどこで覚えたの?」
「え? ああ…うん? 出来る話したっけ」
「別に言ってないけど、そう推測するには十分さ。バンを追うとか騒いでたしね。身のこなしもいちいち軽くて、おかしいと思ってたんだ」
「…折原だって出来るだろ」
「まあね」

帝人が矢霧波江と取引をする時刻まではまだ余裕があった。それでも何が起こるのかいまいち先が見通せないせいか、妙な焦りが悠理の中にあった。

「帝人くんだよ」
「何が?」
「ダラーズの、創始者さ」
「…え、」

思わず立ち止まる。創始者? ボス? 帝人が? 同じように足を止めた臨也の顔を見る。にやりと歪んだ口元が真偽を誤魔化している気がして苛々した。

「ダラーズってのは最初、彼と当時の友達が遊びで作った組織でね。…そのうち名前が一人歩きして、ダラーズを名乗る人間が増えてきた。それがダラーズの正体さ」
「まさか、そんなことが」
「無い話じゃない。現にダラーズはそうやって存在してきた。規模が大きくなりすぎて、段々帝人くんたちの手に負えなくなった。友達は軒並み逃げたらしいけど、帝人くんは未だに管理を続けてる。事実上のボスだ。ダラーズのサイトを管理者権限であちこちこじあけて、状況を把握することが出来た。…自分の組織の使い方をよくわかってる」

歩き出した臨也の後姿をただ呆然と見る。ダラーズという組織は非常に大きくて、強大だ。今回のこと…例えば今晩の取引だって、厳密には一般人が関わっていいような問題ではない。だって人の生死が絡んでる。たとえダラーズの創始者という名目であろうとも、竜ヶ峰帝人という少年はただの高校生なのに。

「…お前は、」
「何?」
「何が、…何が目的なんだ?」

帝人に接触し、セルティの首と触れ合わせ、事件に関わらせ、今はその核心にまで手引きした。臨也本人はこの事件と何の関係も無い。だが、無関係かと言われればそれはノーだ。人と物事を結びつけて、まるで最初からこうなることがわかっていたかのように振舞う。これを仕組んだのは自分だとでも言うように。

「さあ? それを俺が君に言う義務はないし、君だって聞く資格を持ってない。それに妙に俺を買いかぶってるようだね、別に俺が何か仕組んだわけじゃない」
「嘘つけ」
「やだやだ。決め付けって怖いなあ」

馬鹿にしたように肩を竦め、故意に目を細めて笑う。

「別に君が何をしようと勝手だけどね、俺の邪魔はしないでよ」

立ち尽くす悠理を置いて、臨也もセルティ同様、池袋の雑踏の中に紛れていった。






黄昏に融ける宿望





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