まだ日は高い、4月の初旬。夕方と言えど夕暮れは僅かに空の向こうに見える程度で、日暮れには程遠い。そんな中を、1羽のカラスがばさりと低空飛行しては女の周りをまわり、時折思い出したように肩に乗る。

「うわー、これ何? でっかい建物だなー」
『学校だな、この辺じゃかなりでかい。仲間の連中はここのグランドを根城にしてるって奴も多いくらいだぜ』
「学校? これが?」
『校門はあっちだ』

少し歩を速めて校門へと向かう。見えてきた校門の風景に、つい悠理は首を傾げた。校門から少し離れたところにいる、黒いバイク。全身を黒で覆うライダースーツ。そして、なかなかハイセンスなヘルメット。特注だろうか。

「…?」

あまり遠い距離ではないのに、悠理はつい目を凝らした。あのバイク、何かがおかしい。バイクを覆う装甲というのは普通光を反射した光沢があるはずだ。あのバイクにはそれが、ない。しかも、あのバイクに見覚えがある。

『…黒バイじゃねえか』
「知ってるの?」
『知ってるも何も、おめえの世界の都市伝説だろうが。おめえの方が詳しいはずだ』
「都市伝説?」

聞き覚えのない単語に脳内検索をかけるがヒットしない。物陰に隠れるようにして校門を覗き見ている、その全身が黒いライダーがたじろいだような動きを見せる。そのヘルメット越しの視線を辿れば、明らかなチンピラが校門の真ん前で高校生に絡んでいる。

「あちゃ、あれはうっかりしたら普通に警察沙汰になるんじゃ…あっ、」

チンピラが高校生の胸倉を掴みあげた途端、黒ライダーが走り出す。バイクに跨ったまま校門へ猛然ダッシュ、思わず悠理も走り出す。

「行くよ!」
『了解』


神出鬼没。男の後ろに漆黒のバイクが音も無く現れた。

疾風迅雷。黒のライダーはバイクに乗ったまま、チンピラの男の背中を蹴った。

当意即妙。倒れようとするの男の顎に、下から突き上げるようなハイキックが入る。

弱肉強食。何処からともなく現れた折原臨也が、今度は上から両足で圧力をかけた。

悪逆無道。そのまま折原は、男の背中で何度も何度も飛び跳ねる。

電光石火。これが、男子高校生の目前、僅か10秒の間に起きた出来事。



「(なんで…)」
「ありがとう、君は…俺が女の子を殴る趣味が無いからって、わざわざ男を用意してくれるとは! なんて殊勝な女の子なんだろう、彼女にしたいけどゴメン、君、全然タイプじゃないから帰れ」
「(なんでこのタイミングで折原が出てくるんだよ…?)」

黒ライダーのキックのあとに下方向からのハイキックを叩き込んだのは悠理だ。その2連撃で終わるかと思いきや、軽く宙に浮いたチンピラにさらなる迎撃を加えたのは突然上から降ってきた臨也だった。思い出すのは、あの日の南池袋公園。あのとき臨也の持つキャリーケースを引き取っていったのは黒バイだった。なら、ここにいる黒ライダーはあのときの人物と同一人物なのかもしれない。呆然とする高校生を前に、臨也がそう言ってチンピラの連れの女の子を追い払う。もっとも、言い終わる前にどこかに逃げてしまっていたのだからあまり意味は無い。続けてその男子高校生に向き直って話をする。掻い摘んだ感じだと自宅への不法侵入は悪いからここで待ってた、と言ったところか。悪いもなにも普通に犯罪だ。…前に接触したときは静雄に邪魔をされたと見える。しばらく話したあと、臨也は不意にこちらを向いた。

「ところでさ、何で黒バイと悠理がいるの?」

そう不思議そうに折原が言って、悠理は自分の隣に黒ライダーがいることに気づく。呼ばれた黒バイはちらりと悠理を見て、無言を貫き通すことに決めたのか何も言わずに臨也から顔を背けた。何も言わないのを確認して、悠理が啖呵を切る。

「それは私のセリフなんだけどな」
「へえ?」
「高校生が絡まれてたから咄嗟に助けただけ。折原こそ、この子に何の用なの」
「それこそ、君には関係ないことさ」

肩を竦めて見せて、臨也は再び高校生に目を向ける。高校生ははっとしたように周囲を見て、後ろにいる女の子の存在を見、慌てて別れの言葉を告げる。一緒に帰るつもりだったのだろうが、明らかに事態がおかしいのだから仕方がない。さっさと早足で校門の前から去っていく高校生の後ろを、当然のように臨也と黒バイがついていく。慌てて悠理もそれに続いた。臨也の登場によりお役目を奪われ、消化不良に陥っていた木の上のカラスに向かってごめん、というように手を合わせた。カラスは不機嫌そうにカァと一声鳴いて、枝から飛び立つ。




♂♀




「で、何してるんだよ、お前は」
「だから、悠理には関係無いって言っただろ。君は確かに面白い人間だけど、あんまり邪魔すると容赦しないよ」
「それは…お前の言動にかかってるな」
「はっ。無駄な正義感は身を滅ぼすよ」
「余計なお世話」

高校生の後ろを尾行しながら、臨也に話しかける。コートのポケットに両手を突っ込んだままの臨也は相も変らぬ軽口でその場をやり過ごした。隣には黒のライダーが黒のバイクを押しながら並んでいる。近くで見ればなるほど、やっぱりバイクに光沢は無かった。疑問に思ったが、先ほどから口をきかないので話しかけづらい。

「彼は竜ヶ峰帝人くん。なかなか面白い人間でね」
「あんたはそうやって、面白いと思ったらストーカーするわけ?」
「ストーカーだなんて人聞きが悪いな。俺は情報屋だよ?」
「正当化すんな」

やがて1件のアパートが見えてきた頃、高校生――帝人は立ち止まって声をあげた。

「ええと、ボクの部屋はここの一階にありますけど…いい加減に説明して下さい。貴方達は一体何者なんですか?」

その問いに、黒ライダーがどこからともなくPDAを取り出して画面に何か打ち込み、それを帝人に見せた。どこか釈然としない態度の帝人にライダーも折れたのか、臨也と悠理に少し離れるように頼むと、帝人と共に数歩進んでさらに距離を離す。

「あ、ちょっと待ってよ運び屋」

突然に臨也がライダーに声をかける。運び屋。やはりあのときの黒バイだと確信を得て、悠理も臨也の言葉の続きを待った。

「こいつも混ぜてやってくんないかな、どうせ自己紹介とかするんでしょ?」
「っうわ、」

どん、と背中を押されて前にのめる。どうにか態勢を持ち直して振り返ると、にやりと笑った臨也。

「大丈夫、別に知り合いってだけさ。俺の仲間なんかじゃない」
「おい、折原」
「むしろ君はいずれこの出会いに関して俺に感謝することになるね。絶対。これは折原臨也じゃない、情報屋としての意見だ。なあ、運び屋」

そんな無茶な、という悠理の思いとは裏腹に、やがておずおずと黒のライダーが悠理に向かって手招きする。呼ばれたら行くしかない。黒ライダー、しかも都市伝説とか言われてる。覚悟を決めて一歩前進して、3人でアパートの裏手へと回りこむ。

『まず、お前の名は何という?』
「風真悠理。折原が言ってたけど、別に仲間でもなんでもない。むしろ最近迷惑かけられて知り合いになったばっかりだ」
『…あとで詳しく聞こう』

PDAに打ち出された問いに答えれば、ライダーは帝人へと向き直る。簡単に名前だけの自己紹介を帝人へもして、お互いに握手をした。

『君は、私のことをどれだけ知っている?』

そして、ライダーは語り出す。




♂♀



驚いた。
それが悠理の、首なしライダーデュラハン、セルティ・ストゥルルソンへの素直な想いだった。

『で、悠理はあのとき、私を南池袋公園で見たということか』
「ああ。まさか本当にセルティだとは思わなかった」
『…臨也にはその件で?』
「酷い目にあったよ。もう少し人間にも探りを入れてからにすればよかった。そうすればこんなことになんてならなかったのに」
「でも、悠理さんのその、…動物と会話出来るってのも凄いですね、僕、そんなこと漫画とかの中だけの話だと思ってました」
「そりゃ普通の人はそう思うだろうね。…でも、今ここでそんなことよりもっと凄い存在がいるんだと思うと気が引けるよ」
『やめてくれ。私はそんな凄いものじゃない』

お互いに事情を話せば、先刻よりいくらか場が和んだ。セルティは運び屋として臨也から仕事を頼まれることがあること、そしてその折原臨也のことはあまりよく思っていないことなどが聞けて少し頼もしくなる。帝人も緊張がほぐれたのか、悠理に対しても穏やかな態度を見せていた。ある程度話もまとまったところで離れていた臨也を呼ぶと、自分の用事はあとででいいと言って怪しげに笑った。セルティが会いたいという首に傷のある女を説得すべく帝人がアパートの中に入っていくのを見ながら、臨也はセルティに声をかける。

「運び屋、俺、あんたの名前は初めて聞いたよ。外国人だとは思わなかったな」

ニヤニヤしながら言う折原の顔はどう見ても元から知っていたというような顔つきだった。きっとこれまで直接名乗らなかったセルティへの皮肉に違いない。ふと折原がセルティの正体について知っているか気になったが、何か不具合になると困ると思って悠理は口をとじたまま押し黙った。

「…悠理、君やけに黙ってるね。そんなに科目なキャラだったっけ」
「あんまり知ったかぶりすんなよ」
「おお、怖い怖い。なんだか今日は辛辣だね」
「折原がまた余計なことするんじゃないかと思って警戒してんの。話しかけんな」
「それにしても、」

程なくして臨也が口を開いた。

「ちょっと遅くないかい?」
「…、」

そっと腕時計を盗み見れば確かに5分以上立っている。なんらかのアクションがあってもいいだろう。そこで初めて、悠理は気づいた。慌ててセルティにアイコンタクトを送れば、セルティも同じように悠理を見た。不自然に止まった清掃業者のバンの姿に、2人は気づいてしまった。





グッバイ、スローライフ





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -