なんの変哲もない日常。それを謳歌していたのは悠理だけではない。まさか非現実的なことが起きるなど、誰が予想しただろうか。

「あれ、あそこにいるの静雄かな」

通りを当ても無く歩いていると、静雄らしき人影が前方に現れた。どこかゆらゆらと歩いているような気さえする後姿は金髪にバーテン服。人ごみを掻き分けながらその後姿を追う。先日の一件で連絡先を交換したものの、特に用事もないままだったのでここで会えたのは素直に嬉しい。今のところ、悠理にとっては数少ない知り合いなので些細な出来事でも大事にしたかった。

「おーい! 静雄ー!」
「…あぁ?」

ゆら、と振り返った静雄の顔はどこかほの赤く見える。顔を見るなり眉間に皺を寄せた静雄に狼狽しながらも、隣に並ぶ。

「久しぶり、元気だった?」
「……悠理か」
「そうそう。あの時はお世話になりました。あ、自販機の話ね」
「いや、大丈夫だ」
「…顔赤くない?」
「酒飲んだから、そのせいだろ」

ゆらゆら、とやはり歩く静雄としばし談笑して、なんとなしに足元に目をやる。目に入るのは、静雄の腿に突き刺さるボールペン。

「…えっ」
「どうした?」

驚いてつい立ち止まると、静雄も3歩分遅れて立ち止まる。急に立ち止まったことで悠理の後ろを歩いていた男性に勢いよくぶつかられてよろけたが、それを静雄が支えてくれた。お礼を言うのもままならないままに、悠理は思い切り指を指した。

「どうしたじゃないよ! 何それ!」
「あ? …ああ、ボールペン」
「ボールペン…じゃないよ! おかしいだろそれ!」
「ほら」
「ひっ」

右手が目の前に出される。そこに刺さっているのもやはりボールペン。見慣れない光景に愕然とする。どうしてこの男は3本もペンが体に刺さっていて平気なのか。

「それ…痛くないの?」
「あんまり。俺傷の治りも早いから、気にすんな」
「傷が治るとか治らないとかいう話じゃないから! 病院!」
「病院とかいいって」

引っ張ろうにもびくともしない静雄に逆に引きずられながら、通りを闊歩。話を聞けば、どうも静雄の体は異常なまでに丈夫なようで、昔から人より傷の治りも早かったとのこと。今のような体になるまでは時間がかかったらしいが、それでも小学生のときから結構な思いをしてきたらしかった。

「まあ…あんまり人に言うものでもねーからよ、そのうち機会があったらまた詳しく、な」

静雄にも過去があるように、悠理にも過去がある。そしてきっとそれは今言うべきことではない。




♂♀




「で、なんでボールペンなんて刺して歩いてるの?」
「いや…セルティがさ、うーん…大丈夫かな、アイツ」
「セルティ?」
「ああ、俺の友達。何か急いでるみたいだったから、俺が囮に…」
「囮!?」
「いや、ごめん、そういう言い方したかっただけ…まあ、囮になる前からもう刺さってたんだけど」
「お前の日常ちょっとアグレッシブすぎるだろ…」

そこまで言って、静雄と自分の初対面時にはナイフが飛んできたことを思いだす。ナイフとボールペンならどっちが殺傷力が高いだろうか。答えるまでもない。

(ていうか誰に刺されたんだろう…折原みたいなのが何人もいるとは考えたくないんだけど)

じ、と手に綺麗に突き刺さるボールペンを眺めながら、セルティなる人物について考える。渾名だろうか、それとも外国人の方だろうか。初対面での印象こそ悪くなかったが、猫にすら「関わるな」と言われていることを考慮すると、恐らくその手の友人は少ないのだろうと勝手に推測する。ブチ切れながら自販機を投げたり標識を抜いたり(これはまだ見てない)する人間に好き好んでお近づきになりたい人がいるとは考えにくい。きっとそうして誤解されながら生きてきたのだろうかと思うと少し切なくなる。そっと触れてみた掌は、確かに人間のそれなのに。

「で、医者行かなかったらどうするの、その手」
「接着剤買って帰ろうかと思ってんだよな」
「接着剤? どうすんの?」
「くっつける」
「…どこに?」
「傷に」


沈黙。


「いやそれ駄目だから普通に! 怪我だからねそれ!」
「だって抜いたら血出るだろ」
「怪我なんだから当たり前だって! …もう、ちょっと…薬局行くよほら!」
「お、おい!」





♂♀




「これで大丈夫」
「…サンキュな」
「いや、いいよ。頼むからもう無茶な治し方はしないで」
「……覚えとく」

近くの薬局で適当に消毒液と包帯を買い、近くの路地で処置をする。掌を握ったり開いたりして傷の具合を見る静雄の目つきはどこか子供っぽい。口も微妙にあいている。仮にも二十歳を過ぎているだろう男性なのに微笑ましいと思ってしまったのは内緒だ。

「…なんか、ありがとな、ほんとに」
「このくらいいいって」
「なんか俺こうやって誰かに傷の手当てしてもらったのって…高校のとき以来だな」
「高校のときも色々やってたんだ?」
「大体臨也のせいだけどなあ。…くそ、思い出したらイライラしてきた」
「こんなところで暴れないでよ」
「わかってるっつーの」

ぐっ、と右手を握りこんで静雄はその手を下げる。

「最近臨也と会ったか?」
「ああ、ついこないだ。…大丈夫、変なことはしてなかったよ」
「そうか…お前には?」
「大丈夫だった」
「そうか」

二人して壁に寄りかかって、息を吐く。悠理と静雄に共通しているのは、折原に迷惑をかけられているということ。まだ悠理に実害はないが、あまり関わらない方がいいと思っているのも事実だった。そして静雄もきっとそれを望んでいる。

「…悠理」
「ん?」
「飯、食った?」
「いや、まだ。…静雄はもう食べたでしょ?」
「腹減った。飯食いに行こうぜ。傷の礼もしたいし、な」

そう言いながら右手を緩く振って、静雄は笑った。





傷跡にそっと触れて





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