「…猫」

折原臨也が少し驚いたような声音で呟いた。静かな路地裏ではその声すら響く。当のジーノは迷惑そうな顔をしながら溜息をつき、悠理へと近寄った。

「ジーノ! どこ行ってたんだよ、探した!」
『悠理こそ騒がしい。どうしたんだよ、こんな時間に』
「頼みがあるんだ」

しゃがみこみ、目線を合わせる。単刀直入に言うと、ジーノはすうっと目を細めた。黄色い目の中の、まっくろな瞳孔が細く、悠理を刺す。正面からのジーノの視線と、背後からの折原臨也の視線。串刺しにされている感覚すら覚えた。

『悠理が俺に頼みごと、ねえ。どうもきな臭い気くて気が進まないんだけど。 その後ろの男とか』
「きな臭いって言えばきな臭いかもしれない。…でもジーノたちに迷惑はかけない。ただ手を貸して欲しいんだ」
『…はー。…言ってみろよ』
「私がジーノたちと、猫と話せることを証明したいんだ。だから力を貸して欲しい」

にゃあにゃあと鳴く声は、悠理以外にはただの鳴き声にしか知覚できない。勿論背後でじっとしている折原臨也にも言えることで、きっと彼からしたら異様な光景であっただろう。猫に話しかける女、それに答えるように鳴く猫。もしかしたらテレビにだって出られるかもしれない。


「ねえ、まだあ?」

先ほどまでの剣幕と敵意はどこにいったのか、退屈そうな顔をした折原臨也が背後から覗き込むようにして割り込んでくる。横目で見たその双眸は純粋な好奇心で爛々と輝いていてた。さっきまで難癖をつけてどっかの回し者扱いしてたくせに、この変わりようはなんなのか。ジーノは折原臨也のことを見ると目を丸くして、軽く毛を逆立てた。

『おい、折原臨也じゃないか! どうなってんだ!』
「正直、それはこっちのセリフなんだよね。私にも何がなんだか、…だからジーノ、君の助けが必要なんだよ」
「ねえ、この猫俺のこと見て威嚇してんだけど。なにこれ」
「あんたのことを警戒してんだよ」

ふうん、と考え込むような仕草をすると、したり顔で指を弾く。

「なるほどね。じゃあ俺は動物界隈でも顔と名前が割れてるわけだ?」
「割れてるのはその2つと、関わらない方がいいってだけだから。こんなヤバそうな人間だって伝わってたら、私はあんたに接触なんてしなかった」
「じゃあその猫さんたちに感謝だね、中途半端な情報はただ好奇心を煽るだけ…君はそうやって愚鈍に踊らされたってわけか」

威嚇態勢のジーノの頭を撫でるように叩いて、折原臨也の視界から隠すように自分の身に引き寄せる。余計な好奇心は猫を殺すという言い回しがあるが、今の場合は悠理の余計な好奇心のために折原臨也がジーノを殺すのだろう。「次」を予測させない得体の知れない恐怖感。移り身の速さや思考の速さは、ときに他人への恐怖となる。速さゆえの無理解とでも言うべきか、折原臨也はそんな人間であるような気がした。

「…ここから先はあんたの要求を飲んであげる。どうしたらいい? どうしたら納得する?」
「そうだなあ、まあ俺も…正直驚いてる。本当にこれ会話してんの? この猫タイミングよく鳴きすぎるんだよね。賢くしつけてるなら話は別だけど、そんな奇異な趣味があったら俺だって掴んでるだろうし」

折原臨也はコートのポケットに手をつっこみ、軽く胸を反らす。

「じゃあ小手調べといくよ。適当に猫、集めてみてよ」
「…だってよ、ジーノ」
『集めるだけでいいんだな』
「詳しいことはあとでまた説明するから。ほんとごめん、遅くに」
『思ったより訳有りっぽいからいい。それじゃあまたあとで。すぐ戻る』
「うん、気をつけて」

するりと悠理の腕をすり抜けて、ジーノは走り去っていく。後ろ姿を見送りながら、悠理もゆらりと立ち上がった。目の前に立ちふさがるは、折原臨也。やはり人を馬鹿にしたような笑みを口元に貼り付けながら、彼は肩を竦めて見せた。


「さっきのことだけど、謝るよ」
「は?」
「組織の回し者とか言ったこと。俺をおびき寄せる囮にしては確かに芸達者だと思ったんだ…やだな、睨まないでよ。俺だって心の底から驚いてる。人間は動物と会話できる…、面白いじゃない」
「…」
「いや、確かに疑ってた。けど今は信じてもいいと思ってるよ、俺はもっとありえないものの存在も知ってるし…うん、面白い。本当に面白いよ、君の事を嗅ぎまわった甲斐があった。…あのとき俺を襲ったのはコミミズクの群れ。そういうこと?」
「…あいつらは、あんたと接触することに反対してたから。何かあったら助けてって言ってあった。だから助けてくれた」
「ふうん…そりゃ結構。へえ…凄いな、俺は人間の新たな可能性を目の当たりにしてたわけだ」

す、と右手が差し出される。その掌にナイフの影は無い。

「あのタイミングでジーノくんが出てきてくれてよかった。君に興味を失くすところだった」
「こっちは興味を失くしてくれても構わないんだけど」
「そんなこと言わないでよ。俺は折原臨也、あんたって名前じゃないからちゃんと名前で呼んでよね。新宿で情報屋してる、よろしく」
「…それ、さっきも聞いた」
「さっきのは君を観察対象として見たときの、情報屋の自己紹介だよ。今のは君を一個人として、風真悠理として接した自己紹介」
「は?」
「さっきから思ってたけど君意外と理解力ないよね。まあいいや、今日から君と俺は知り合いだ」

ね、と首を傾げて笑う折原臨也は相変わらず嫌味な笑みを浮かべていたものの、敵意は感じられなかった。

「ただの知り合いだから。親しいつもりはないから」
「こんなにつれない女の子は久しぶりだなあ、俺」

折原から差し出された右手を握り返すころ、遠くから猫の、それも複数の足音がした。





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