緊迫した足取りだと、自分でも自覚している。後ろをゆっくり着いてくる折原臨也の表情など考えたくも無い。まあ、ここまで来てしまったら今更奴がどんな顔をしていようが関係ないのだろうけど。


「(信じさせてみろ、ね)」

時間が時間だった。こんな時間に確実に頼れる奴を私はまだこの街で1匹しか知らない。初めて池袋にに来たときに声をかけた集会所のボス猫、ジーノだ。ジーノを巻き込むのは気が引けた。しかし、折原臨也が言い放った「説明が聞けるまで帰らない」も「刺さないとわからないのか」の脅し文句も本気だったし、この場を切り抜ける解決策が咄嗟に思い浮かばなかったのだ。新宿の情報屋なんて、聞いただけで胡散臭い肩書き。バックボーンに何があるかわからない以上、下手な博打を打つより本当のことを説明したほうがまだ勝機がありそうだった。しかもこちらは一般人だ。害が無ければ余程のことはされないだろう。

「(執拗に情報の出所を探ってるあたり、自分の情報管理はきっちりしてるんだろうな)」

自分の情報が漏れている可能性を見つけてしまった、情報屋にとっては致命的なミスだ。そんなときの行動なんて大体決まってくるし、こういう人間は手段を選ばないことも多い。どうにかして、自分の証言を認めさせなければならなかった。時間も遅く、人通りも少ない。逃走出来る自信も無い。名前が割れているということは恐らく自宅も特定されているはずだった。




♂♀



「どこまで行くつもり? 変な気起こさないでよね、俺色仕掛けには騙されないから」
「…そろそろだよ」

やがて、路地裏の一角へとたどり着く。隣まで歩み寄ってきた折原臨也が訝しげに周囲を見渡した。置き去りにされた廃タイヤや木材を眺めながら、薄らと警戒するのがわかった。殺気だの本性だのは上手に隠すくせに、こういうところは筒抜けなところを少し意外に思った。

「ジーノ、私。悠理だけど。いる?」

少し声を張って、ジーノへと呼びかける。隣で折原臨也が本当におかしそうに、馬鹿にしたように息を吐いた。無視をしたまま再度呼びかけたが、返事は無かった。

「…ジーノくん、いないみたいだけど?」
「…」

知らず奥歯に力が入る。集会所とは言っても、別に根城にしているわけではない。用事がなければここには来ない。ジーノがいてくれなければどうにもならないのだ。

「…、ジーノ! 私だけど! ジーノ!」

再三呼んでも返答無し。ゆっくりと目蓋の裏側から絶望感と焦燥感が迫ってくる。ここでジーノと話して、どうにか証明させなければならなかったのに。刺さるような折原臨也の視線が痛すぎて、そこから皮膚が切れていくような錯覚さえ覚えた。やがて痺れを切らしたのか、折原臨也が声をあげた。

「…で、気は済んだ? 何がしたかったのか俺にはよくわからなかったけど、何? 時間稼ぎでも頼まれてたの?」
「は?」
「君がどこかの回し者な可能性もあるんだよね。言っちゃあなんだけど、人から恨み買う仕事してるからさ、俺。君みたいな…うまく組織の尻尾を掴ませてくれそうな餌は、普通は目つけておくわけ。だから…もし君がそういう回し者で、俺の情報持ってますよって顔して現れたら、そっちに気が行くってことを考慮して…。君を餌にしてさ。わけのわかんないアホなもの見せられて、毒気抜けたところに奇襲かけてくるのかなーとか、思ってたんだけど」
「何言ってるのか、」
「わかんないって顔してるね。回し者じゃないんだ。なんだ、普通の変人か。まあ、この20分はそれなりに面白かったよ。ちょっとわくわくしちゃった」

朗々と語り、コートのポケットに手を突っ込みながらその場をぐるぐると動き回る。言いたいことは言い終えたのか、正面に戻ってきた折原臨也はナイフを滑らかな手つきで取り出して悠理へと突きつけた。

「殺しはしないよ。何故俺が南池袋公園に行くことを知ってたのかっていう…情報の出所がわかんないのは困るんだけど、俺に落ち度があるとは思えないんだよね。黒バイクがうっかり喋っただけかもしれないし。それに、君みたいな身寄りのない一般人の処理なら難しくないしね」
「な、…冗談だろ?」
「冗談? はは、そろそろ面白くないよ」

じり、と踏み出される歩幅分、悠理も後退する。一進一退のこの図は、初めて会ったときと同じだった。それでも今回は後ろ盾がない。助けてくれる誰かは、いなかった。


…にゃあん、

いなかった、はずだった。


絶望の香りがひしめく路地に、猫の鳴き声が響く。待ちに待ったその声に振り向けば、そこにはジーノが闇のなか、目を鋭く光らせて佇んでいた。




足音でとまる追走劇





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