路地裏。
そこにはいろんなものが集まる。犬、猫、昆虫をはじめとした生物たちをはじめ、逢引している学生やチンピラもふらふらと、吸い込まれるように路地裏に向かっていく。そして、不穏な男女の組み合わせも、あまり珍しくはなかった。

ガシャン、と耳障りな音をたてて悠理が金属フェンスに背を預ける。その隣で折原臨也もフェンスに寄りかかった。

「最初に言っとくけど、私個人の話をするつもりはないからね」
「はいはい。まあ簡単に口を割るって感じでもないし…、いいよ」

右足を左足に絡むように重ねて、腕を組む。そんな悠理の行動を横目で見ながら、折原臨也は珍しく口を閉じた。

「南池袋公園、だっけ。あんたがいたの」
「そうだよ。俺があそこに行くってのは、俺と、俺の仕事の依頼人しか知らないはずだった」

依頼人。おそらくあの黒バイクのことだ。

「あんたらがあそこで何してたのかは知らないよ。興味もない。アンタがキャリーケースを引いてきたときは驚いたけどね」
「キャリーケース? …ああ、あれか。はい、続けて」
「……。あそこにいたのは、折原臨也がどんな人なのか気になったから。それだけ」
「そんなのはわかるよ。敵意なんて感じられなかった。よくいるんだよね、そうやって好奇心だけで接触してこようとする『部外者』がさあ。…おっと、君はもう池袋の人間だったね。歓迎するよ。俺は池袋の人間じゃないけどね」

部外者という響きに皮肉めいたものを感じ取り、悠理がじろりと睨む。それを受け流しながら折原臨也は朗々と、語るように言葉を紡いだ。

「敵意って意味じゃ、最初に向けてきたのはあんたのほうだけど。私は何もしてない」
「予測不能なことが起きたものでねえ。普段なら面白いって言うところだけど、俺も仕事中だったから。どこから情報が漏れたのか、突き止めないと死活問題なわけ」
「…」
「俺もそんな暇ってわけでもないからさ、さっさと吐いてほしいんだよね。それとも、本気で刺されないとわからないのかな」
「…ッ!」


一瞬だった。
左隣にいた折原臨也が声を潜めたのと、自分の鼻先数センチを何かが飛んでいったのは。静かな路地に金属音が響く。コンクリートとナイフがぶつかる音だった。殺気を感じたのは一瞬。左隣の折原臨也は、先刻までと同じ薄笑いを浮かべていた。その切り替えの早さがかえって恐ろしい。

「教えるのは構わないよ。でも多分、信じないと思うよ」
「へえ? 言ってみないとわからないと俺は思うよ。君、奇跡とか信じないタイプの人?」
「…」
「ほら、はやく」

歯切れの悪い悠理に、折原臨也もどこかいらついた様子を見せた。第一印象では綺麗な顔だと思ったのに、状況が変わるだけでその印象は大きく覆る。綺麗な顔をしているから尚更だ。

「さっきまでやたら強気だったくせに。こういうときだけしおらしくなっちゃってさあ。悪いけど、俺ギャップ萌えとかで落ちるタイプじゃないから」
「言いがかりも甚だしいな。わかったよ、言うよ。言えばいいんだろ!」

小さく反動をつけて、フェンスから離れる。揺れたフェンスが振動を伝えて、折原臨也の寄りかかっているフェンスまで小さく揺れた。

「…この街、コミミズクがいるんだ。群れで。」
「は?」
「そいつらに聞いてまわったんだよ、折原臨也の所在を教えてくれって言って、聞いたの。他にも、野良猫とか。犬とか」

折原臨也の顔を見た。ぱちくりと目を開いて、どこか子供っぽいような表情をしていて。先ほどまで殺気に満ちた表情を浮かべていた人間と同一人物とは思えない。そんな子供のような表情も一瞬のうちに崩れ、また人を馬鹿にしたような笑みが顔を出す。そしてくつくつと喉の奥から絞りだすように笑った。

「やあやあ、面白いというか興味深いというか、ただの電波の可能性もあると思ってたけど。なんだそりゃ。これは傑作だ! ハハ、ハハハ…」
「…、」
「で、なんだい? まさかそのコミミズクが教えてくれたとか?」
「そうだよ、教えてくれたよ。折原臨也がカラオケボックスから出て、南池袋公園に向かってるって」
「ハハ、ハハハハ! 鳥如きにねえ、ハハ、ありえない話だ! ハハ、ハハハハハハ! …………ねえ、本当に面白いと思ってんの?」
「全然」

今度こそ頭に来ているのか、ナイフの切っ先を悠理に向けながら、折原臨也は無表情に言い放つ。悠理もそんな切っ先を見据えたまま、低い声で呟いた。

「だから言ったろ。信じないって」
「コミミズクってのは、日本では冬だけ飛来する猛禽類だ。ちなみに沖縄にはまず行かない。まあ腐っても池袋だから。食べ物には困らないかもしれないけどねえ。眉唾だ」
「あいつらはここに住んでる。1年中だ。そういう群れだっていた。それだけの話」
「ま、君が何言ったって俺には信じる理由がないからね、信じる信じないの問題。そんな不貞腐れてんなら見せてよ。コミミズクが喋ってるところ」
「…、」

不意に身を翻す悠理に、折原臨也がまた声をかける。

「何、やめんの? そんなの無しだよ。ちゃんとした説明が聞けるまで帰すつもりないんだけど、俺」
「…見せりゃいいんだろ。ついてこいよ」
「へえ?」

あくまで挑戦的な態度をとる悠理に、折原臨也は悪意とも好奇ともつかぬ笑みを浮かべる。この電波女がどこからの回し者でもスパイでも関係なかった。たとえそれが頭の沸いたトンデモ発言だったとしても、どんなホラが飛び出すのか、どうやって足掻くのかが未知数でなかなか面白い。刃物による脅迫を受けてもなお、真実から遠ざけようとする。先日のトリックを暴かずにいるその根性には正直いい意味で予想を覆された。女がどこのスパイでも関係ない。飽きたら組織を吐かせればいい。

「さて……、次は何を言い出すのかなあ……」

いいおもちゃを見つけた気がする、どうせすぐ壊してしまうのだけど。
情報屋はほくそ笑んだ。








現実と虚構の背比べ





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