何日も前からずっとそわそわして、まだまだ遠いことなのに想像するたびに胸がきゅうううって締め付けられるような幸せがいっぱいでどうしようもなくて、こと今朝においては本当に泣きそうなくらいの嬉しさにまだ会ってもいないのにこんな気持ちになれるならもういっそ死んじゃってもいいやとわりと真面目に思った。こんなこと考えさせることのできるあの人って、どれだけすごいんだろう。

いつもより髪にも申し訳程度のメイクにも気をつかったし、こどもみたいに思われないように少しだけ背伸びしていつもはつけないグロスもつけた。
きらきらした私の唇は、いつもより上機嫌に笑っている。


放課後の掃除当番は来週1週間と引き換えに友達との交渉がすでに成立していたし、準備はまさしく万端で、あとはさようならの言葉と一緒に教室を飛び出せば素敵な魔法みたいな時間が始まるはずだった、のに。


手の中の携帯がイルミネーションで青色に光った。
机の下でこそこそとのぞき見ると「まだか」の文字。ごめんなさい、本当にごめんなさい。ホームルームが長引いているんです。心の中で平謝りしながらさけぶ台詞をディスプレイに打ち込む。


平時なら同情さえわく先生の寂しい頭部すら今はなんだか憎い。お願い早く終わって、シンデレラより生意気でわがままなただの小娘にはあんまり時間がないの。アナログ時計は約束の時間をとっくに追い越していた。もうやだ。泣きそう。


――やっとホームルームが終わったのは約束の30分後だった。

教室を飛び出して、上履きを脱ぎ捨てるようにローファーにはきかえた。ああこんな時間だってもったいない。
こんなに全力で走ったのって女子高生になって初めてじゃないのって思いながら足を動かした。髪がボサボサになる心配より、ただただ彼に早く会いたかった。校門で生徒の「安全」を守る警備員さんの横を走り抜けたら私は自由だった。



「遅い」


校門の前に止まっていた車の助手席に飛び込んだら不機嫌そうな声と一緒に抱きしめられた。ああ、ローさんのにおいだ。
堅苦しい学校じゃできない呼吸を浅くして、後ろ手でドアを閉めた瞬間キスされた。頭の芯がくらくらして、身体中がとけそうで、バックミラーから偶然見えた警備員さんの呆気に取られた顔を見てもどうでもいいと思ってしまうくらい素敵。



「…遅ェんだよ」
「ごめんなさい…」
「口調直せ。メールもなんだこの敬語は」
「焦ってて、そこまで考えられなかったの」



ローさんの手が頭をすべる。結局がんばった髪型もローさんに見てもらう前にぐちゃぐちゃになってしまった。
本当はね、もっと可愛くしてたんだよ。へェ、見るかげもねェがそうなのか。…なんて意地悪な。


ふっとローさんの口元を見たらキラキラしているのに気がついて笑ってしまう。さっきのキスで私のが移っちゃったんだ、これからグロスは控えようかなあとそれを指先で拭ってあげたらひらりと手を取られて恭しく口づけが落とされた。


「今からどこにいくの」
「さあな、お預け食らったぶんどうなることやら」



シートベルトをつけるように促されてエンジンがかかれば学校がどんどん小さくなっていく。

私、こんな時間を待っていたの。






∴清い偶像にさようなら







2013.09.24