escape |
高校を卒業すれば、地元を離れる者はたくさんいる。折原臨也もそのうちの1人だ。 理由は人それぞれだが、大半は県外の大学に通うためや就職のため、あるいはちょっとした冒険心だろう。 だが臨也の場合、そのどれにも当てはまらない。 ―平和島静雄への想いを、断ち切るため。 「いい天気だなぁ」 誰もいない部屋で、臨也は独り言を漏らした。今まで自分の住んでいた部屋には、段ボールが山のように積まれていた。空の物もあれば、マジックで内容が印されているものもある。 床にはまだ収まり切っていない荷物が溢れ反り、足の踏み場もない。 臨也はそんな部屋を見渡し、ため息をこぼす。 ―こんなとき、あいつが手伝ってくれたら、力仕事も軽々こなしてくれただろうか。 ふと過ぎった考えを、臨也は慌てて打ち消す。何を考えているんだろう。あの男を忘れるための引っ越しだというのに。 いつから静雄のことを好きになったのかは解らない。最初はただの好奇心だけで近付いていたはずなのに。 毎日毎日、喧嘩ばかりだった。だが静雄との喧嘩はとても充実していたし、楽しいとも思っていた。あいつはうざがっていたかもしれないけど。 もしかすると、初めて見たときから好きだったのかもしれない。今となってはもう、そんなことは確かめようがないのだけれど。 何度も想いを告げようともした。柄にもなくラブレターなんか書いたりして。結局それは渡せず仕舞いで、静雄に読まれることはなかった。 解ってる。俺とシズちゃんが両想いでないことなんて。 だから諦めるしかないのに、心はまったく言うことを聞いてくれない。そればかりか、想いはだんだん腫れ上がっていくばかりで。 だから、もう荒療治するしかないんだ。 シズちゃんの居ない世界に、無理矢理でも慣れるしかない。 臨也はそんな決意で、新宿への引っ越しを決めたのだ。 と、そのとき ピンポーン 段ボールばかりの静寂に、インターホンの音が鳴り響いた。 無機質なその音は、ぶつりと臨也の思考を断ち切った。こんなときになんなんだ、と臨也は少し不機嫌になる。 どうせセールスマンかなんかだろうと思いながら、玄関の扉を開いた。 そこにいたのは、かっちりしたスーツを身に纏った営業スマイルの男……ではなく、よく見知った面々の顔。 「やぁ、臨也!お手伝いに来たよ」 爽やかな笑顔でそう言うのは、先日卒業式で会ったきりの新羅。その横には門田も居た。 そして、2人の後ろには、不機嫌そうな金髪が離れて立っていた。 「なんで…」 「水臭いぞ、臨也。どうせ俺達に何も言わずに新宿に行っちまうつもりだったんだろ」 「ごめん臨也、つい言っちゃった」 新羅は悪びれる様子もなく、ニコニコしながらそう言った。どうやら謝る気はないらしい。 臨也は新羅に引っ越しのことを話してしまったのを後悔した。 「…なんで俺まで来なきゃならねぇんだよ」 静雄は不機嫌をむき出しにして、新羅を軽く睨みながらそう言った。 「だって君達、卒業式まで喧嘩ばっかりだったんだもん。最後くらい仲良くして終わろうよ」 静雄は深々とため息を吐いた。なるほど、新羅の狙いはそれか。 終わりよければ全て良し、と新羅は爽やかに言い、静雄の腕をぐいと引っ張った。 「さぁ、今日は共同作業だよ。おじゃましまーす!」 静雄は半ば引きずられるように、臨也の横をすり抜けて部屋の中へ入っていった。 なんてことをしてくれたんだ、と新羅に怒りを向ける自分もいれば、静雄に会えたことを喜ぶ自分もいる。臨也はそんな自分に舌打ちをした。 「まぁ、臨也。新羅のお節介かもしれないけど、最後くらい仲良くするのも悪くないだろ。引っ越しの準備も早く出来るだろうし」 門田は男らしく笑うと、臨也の肩をぽんと叩き、新羅たちに続いて扉をくぐっていった。 どうやらさっきの舌打ちを、新羅に向けたものだと思ったらしい。 すかさずフォローを入れる門田の優しさに苦笑しながら扉を閉めた。 今まで喧嘩ばかりだったんだ。最後くらい、なにか違う思い出があってもいいだろう。 臨也は少し寂しい気持ちになりながら、そんなことを考えていた。 ** 続きます。 |