おはなし | ナノ




escape 2








散らかり放題の部屋を目の当たりにして、新羅は素直にうわぁ、と呟いた。

「こんなの1人でやってたら日が暮れるよ。手分けしてやろう」

ふざけた調子の声とは裏腹に、意外にも真面目に作業してくれるつもりらしい。
新羅は、空の段ボールを手に取り、小物を整理しながら詰め始めた。

「ここがノミ虫の部屋か」

「元、だけどね。ていうかさ、最後なんだから、ノミ虫って呼ぶの止めようよ」

「…うるせぇノミ虫」

ふい、と静雄は不機嫌に顔を逸らし、スタスタと臨也の前を離れていった。
最後までシズちゃんらしいなぁ、なんて思いながら、臨也も作業を再開する。



人数が増えてからの作業は、驚くほどスムーズに進んだ。1時間もすれば部屋の物はほとんど全て段ボールに納められていた。

すっかり片付いた部屋を満足げに見渡した新羅は、飲み物を買ってくる、と門田と一緒に部屋を出て行ってしまった。
今のうちに仲良くしとけとでも言いたいんだろうか。
有り難いのか有難迷惑なのか解らないまま、臨也は静雄と2人きりの部屋に取り残されてしまった。

静雄は、残った小物を段ボールに詰めていた。
その後ろ姿を、臨也はぼんやりと見つめる。

これでよかった。これでよかったんだ。
まだ胸は痛むけれど、想いを告げて心が打ち砕かれるよりは何倍もマシだ。
もう明日からは、シズちゃんのことを忘れて生きてゆこう。見知らぬ土地で、シズちゃんのことを忘れられるまでずっと。

だから、この男のことを想うのは今日で最後。これで最後。
この想いは誰にも告げぬまま、闇の中に葬ってしまおう。



「……臨也、」

おもむろに、静雄が臨也の名を読んだ。臨也ははっとして静雄のほうを見た。静雄は相変わらず臨也に背を向けたまま、作業の手を止めていた。

「なに?シズちゃん」

「…っ、…」

「どうしたの?」

静雄は、少しだけこちらを向いているが、目を合わせようとしない。
そして何か言おうとしているようだが、言葉がうまく出てこないのか、口をぱくぱくとさせている。
明らかに様子のおかしい静雄に、臨也は首を傾げた。心なしか、静雄の顔が赤いような気もする。

よく見てみると、静雄は手に紙のような物を持っていた。薄い水色をしたそれは、どうやら便せんのようだった。そこにはたくさんの文字が綴られている。


臨也は、ほんの数秒でその内容を頭に思い浮かべた。
サッと血の気が引くのを感じながら。


――まさか、まさかまさか。

心臓が臨也を突き上げる。今にも喉から飛び出してきそうだ。頭にどくんと衝撃が走る。

臨也は恐る恐る静雄に近付き、その便せんを覗き込んだ。予想通りの言葉がそこに並んでいた。


――あの時渡せなかった、ラブレター。

奥のほうに封印するようにしまい込んでいて、その存在をすっかり忘れていた。
なんであのとき、ビリビリに破いて捨てておかなかったのか。後悔先に立たず、という言葉が痛いほど身にしみる。


「お前こんなの、あいつらに見つかってたらどうするつもりだったんだよ…」

「…ご、ごめん」

いつもの饒舌はどこへいったのか、臨也は歯切れの悪い返事をした。

それきり、2人は黙ってしまった。部屋は静まり返り、緊張した空気が漂う。
なんて心臓に悪い沈黙だろうか。臨也は、暴れる心臓の音が静雄に聞こえてしまわないか心配で仕方なかった。


「この手紙も、嫌がらせのつもりで書いたのか?」

「まさか!」

臨也は慌てて否定した。静雄がそれを嫌がらせと思ってしまっても無理もない。今まで臨也はあらゆる手を使って嫌がらせをしてきたのだから。

「本気…なのか?」

「残念ながら、大まじめだよ」

静雄にとっては、気持ちの悪い話だろう。3年間嫌ってきた相手に好きだなんて言われて。きっと嫌がらせだと言われたほうがまだよかったに違いない。
臨也は諦めたように、床を睨んだ。





「……住所、教えろよ」

「え?」

「だから、引越先の住所だよ」

気持ち悪いだの死ねだの言われる覚悟をしていた臨也は、驚きで目を丸くさせた。

「なんで、住所なんて…」

「そんなことも解んねぇのか」

静雄はようやく臨也のほうを見た。
目が合った静雄は、耳まで真っ赤にさせて臨也を睨んでいた。ただし、そこにいつものような殺気はなかった。

「……引っ越しても、俺が会いに行くから」

「……!」

静雄は恥ずかしそうに、がしがしと頭を掻いた。
そして、今まで見せたことのない優しい笑顔を臨也に向けた。


「俺も、お前が、すきだ」

臨也は思わず駆け出して、飛びつくように静雄を抱きしめた。

「おまっ…!キャラ違うだろ」

「うっさい!」

静雄は苦笑いしながら、怖ず怖ずと臨也の背中に腕を回した。




初めて触れ合った体温は、暖かくて涙が出そうなほど愛おしかった。
窓から差し込む西日に照らされて、何もない部屋はオレンジに包まれた。


―この時臨也は、忘れていた。
この引っ越しは、静雄への想いを忘れるためのものだったことを。







**
臨也くんキャラ崩壊 笑
新羅とドタチンは空気を読みましたw


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