ゆきのひ |
朝目が覚めると、外は一面の銀世界だった。 夜の間に降った雪が、灰色の町を白に染め上げていた。雪はまだ止んでおらず、ふわふわと小粒な雪が舞い降ちるように降っている。 どうりで寒いわけだ、と静雄はもう一度布団に潜った。登校時間まで、まだ余裕はあるはずだ。 二度寝をしようとまた瞼を閉じたとき、部屋の扉が開いて幽が顔を覗かせた。 「今日、学校休みだって」 「……休み?」 静雄は渋々布団から顔を覗かせ、手の甲で眠そうに目を擦った。 「連絡網回ってきたよ。大雪警報で休みだって」 淡々と、用件だけ伝えて幽は部屋を出て行った。 扉の隙間からちらりと見えた幽は学生服を身に纏っており、どうやら学校へ行くらしかった。 幽の学校も休みにしてやればいいのに、と兄貴らしい同情をしながら、静雄はゆっくりと眠りに落ちていった。 平日に心置きなく二度寝が出来るなんて、これ以上に幸せなことはないだろう。静雄は、そんな幸せを噛み締めながら深い眠りについた。 静雄は、気付いていなかった。 こんな大都会で、大雪警報など出るわけがないことに―― 遠くで扉の開く音がした。それをきっかけに、静雄は目を覚ます。寝すぎたのか寝足りないのか、酷く頭がぼんやりしている。 幽が帰ってきたのだろうか。そんなことを考えながら起きるでもなくぼーっとしていると、足音がだんだんこちらへ近付いてきた。 それは止まることなくどんどん大きくなり、静雄の部屋に入ってからも止まらなかった。 静雄の真横で、それはピタリと止まり、有り得ないものが静雄の耳に届いた。 「おはよう、シズちゃん」 静雄は一瞬にして目を見開き、勢いよく上半身を起こす。 目の前にあったのは――口許を歪めて静雄を見下ろす、折原臨也の姿だった。静雄は覚醒しきらない頭をなんとか動かし、言葉を搾り出す。 「てめっ…!なんでうちに居んだよ!!」 「だって、鍵開いてたから。不用心なんじゃないの?」 「鍵が開いてたら手前は堂々と人んちに侵入すんのか?…じゃなくて、なんで手前がうちに来てんだって聞いてんだ!」 「シズちゃんに会いたくてさ」 「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇ!」 人を馬鹿にするように笑う臨也に苛立ちが募り、殴ってやろうと拳を握ったとき、静雄はあることを思い出す。 「…つーか、外、雪は大丈夫だったのか?」 「雪?なんで?」 「だって今日大雪警報出てんだろ?それで学校が休みになるくらいなんだから、よっぽど降ってるんじゃないのか?」 幽の言っていた話を思い出す。大雪警報。 静雄はそんな警報を初めて聞いたため、今どのくらい雪が積もっているのか解らなかった。 外に出られないほどの積雪を予想していた静雄には、臨也がどうやってここまで来たのかという疑問のほうが怒りに勝っていた。 「窓の外見てみれば解るんじゃない?」 臨也は質問に答えず、部屋の窓を指差した。静雄は少し苛立ちながら、窓の前へ立った。 「………は?」 目の前に広がるのは、町全てが雪に覆われた純白な池袋――では、無かった。 何の変哲もない灰色が静雄の目に飛び込む。多少雪が残ってはいるが、景色を変えるほどでもない。 静雄は思わず目を丸くした。大雪警報どころか、もうすっかり雪は止んでおり、空には太陽が輝いていた。 「大雪警報なんて嘘だよ。気付かなかったの?こんな都会に、そんな警報出るわけないじゃん」 「てめぇ…!」 臨也の言葉に、静雄は全てを理解した。つまり、あの連絡網は臨也が静雄だけに回した、ただのイタズラ電話だったというわけだ。 「いい加減にしとけよ、手前…!」 「まぁまぁ、そう怒らないでよ」 臨也は空気を読まない笑顔で、窓の前で怒りに震える静雄に抱き着いた。 静雄は驚きで目を丸くさせた。 「な…っ!何してんだ!離れろ手前ぇ!」 「たまには俺達も仲良くしようよ。せっかく誰も居ないんだから」 今は平日の昼前だ。当然社会人は仕事へ向かい、学生は学校へ向かう。家の周りにも人影は殆どなく、家の中にも2人以外の人間はいない。まさに、2人きり。 静雄は、動揺と恥ずかしさで顔が熱くなっていた。そんな顔を見られるのが嫌で、わざと臨也から顔を背ける。 いつもナイフを握って自分を傷付ける手が、今は自分を優しく抱きしめている。そんな事実にどうしようもなく胸が疼いて、もどかしい気持ちになった。 1番びっくりしているのは、臨也に抱きしめられることに対して嫌悪感を抱いていないことだ。 むしろ、体温が心地好い、なんて。 静雄は戸惑いながらも、怖ず怖ずと臨也の背中に手を回した。 「…折原臨也も物好きだなぁ」 幽は、誰にも聞こえないほどの大きさで独り言を呟いた。 …朝の連絡網。あれは確かに折原臨也の声だった。 あんな嘘ついて、兄貴を騙して、今頃は思い通りに事が運んでいることだろう。 そんなことを考えながら、幽は授業を受けていた。 ある雪の日のおはなし。 ** 幽は臨也の企みもお見通しって話でした!笑 臨也のイタズラって解ってても黙ってます。そういうイメージです← |