甘党 |
臨也と喧嘩した。きっかけはほんの些細なことだったと思う。 俺は臨也の部屋だということも忘れ、手当たり次第に物を壊し、投げたりもした。当然、部屋はすごい有様になる。軽く戦争でもあったんじゃないかと思うほどだ。 臨也は、ため息1つ吐いて部屋を出て行った。ドアを閉める瞬間、見えたのは苦虫を噛んだような臨也の顔。 ひとりきりになった部屋で、俺はまた激しい後悔に襲われる。 「なんでこうなるかな…」 静雄は、頭を掻きむしりながらタバコを口にした。火をつけて深く息を吸うと、幾分気持ちが落ち着いた。 そういえば。 臨也は最初、部屋でタバコを吸われるのを嫌がった。伏流煙だのなんだのぐちぐち言って、俺はそれに反発して止めるどころか何本も吸ってやった。 そして次に部屋にきたとき、テーブルには灰皿が置いてあった。あいつも助手の女も吸わないはずだから、それは俺のために用意されたのだろう。 思い出したらタバコを吸う気が失せてしまった。まだ長いそれを灰皿で揉み消し、その手で頬に触れてみた。少し熱い。こんなことで赤くなるなんて、自分もとうとう終わりだなと思った。 あいつは俺にとても甘い。いや、甘すぎる。 部屋で喧嘩することはしょっちゅうだが、その度に部屋がボロボロになるのを怒ったことがない。 俺がいくら冷たい態度をとっても理不尽にキレても、怒ったりはしなかった。 思い出せば出すほど恥ずかしくなってきた。俺はいつもあいつに甘えてばかりだ。 今だってそう。飛び出して行ったあいつを追いかけることもせず、帰ってくるのをただ待っているだけ。 「あー…くそっ」 このままではいけない、と立ち上がったその時。 「あれ?シズちゃん、どっか行くの?」 喧嘩して飛び出していったはずの臨也がそこにいた。手には、なにやらビニール袋を提げている。 「手前っ…なんで…」 「なんでって、俺はコンビニに行ってきただけなんだけど」 そう言って、持っていた袋をテーブルに置く。ガサ、と袋は口を開けたまま立っていて、中を覗くとそこには、よく見慣れた物が入っていた。 「プリン…」 「これ好きだって言ってたよね。はい」 そう言って、中から1つそれを取り出し、俺に渡す。ご丁寧に使い捨てのスプーンも一緒に。 「まぁ、これでも食べて機嫌直しなよ」 臨也は口を歪めてにやりと笑う。なんだかすごく子供扱いされてるみたいだ。 また頭に血が上りかけたが、さっきのことを思い出してなんとか堪える。 「……なぁ、」 「ん?なに」 「お前…怒ってねぇの」 「なにが?」 臨也は自分の分のプリンを一口食べ、甘さに顔をしかめながら言った。 「だから…喧嘩のこととか、部屋壊しちまったこととか…」 「ああ。シズちゃん、そんなこと気にしてたの?」 はは、と臨也は楽しそうに笑う。 そんなこと、では済ませられない話だと思うのだが。 「そんなの、昔からじゃない。俺はシズちゃんのそういうとこもひっくるめて好きなんだからさ」 だから気にしないで、と口を歪めて笑った。 俺は恥ずかしくなって、慌ててプリンを掻き込んだ。くそ、よくあんなセリフ真顔で吐けるな。 気にしないで、とか言って、臨也は絶対何か我慢している。きっとあいつも、俺みたいに無茶苦茶にキレたいはずだ。 ふと、あの部屋を出ていく間際の苦しげな顔を思い出す。 「シズちゃんてさ、顔に似合わずほんと甘党だよね」 もう食べられない、と言わんばかりに、しかめっつらで俺に食べかけのプリンを渡す。 「…甘党はお前だよ」 「は?なに言ってんの?」 「いや、なんでもない」 俺は、渡されたプリンを、次は味わって食べた。やっぱり、甘い。 けれど臨也の甘さはこんなものではないだろう。 横で小首を傾げている臨也を見ながら、舌先の甘さに頬を緩めた。 ** 最後ちょっと無理があった 笑 |