灼熱ランデブー |
じとりとした汗が、額から首に流れる。 熱い。暑いというより熱い。真っ赤に輝く太陽に、文字通り焼かれてしまいそうだ。 静雄は手の甲で汗を拭い、カッターシャツのボタンをもうひとつ外した。 まさに猛暑という例えがぴったりな夏の日、静雄は相変わらず臨也を追いかけていた。 臨也はこんな日でもいつもと変わらず学ランを着ていた。見てるこっちが暑くなる。当の本人は、涼しげな顔で汗ひとつかいていなかった。 そんな臨也を見ていると、とたんに自分があほらしく見えてくる。汗だくの真っ赤な顔で臨也を追い掛ける自分があまりに必死すぎる感じがして。 静雄は全速力だったスピードを徐々に緩めた。一定だった2人の距離が少しずつ開いていく。臨也の背中もだんだんと小さくなっていった。 静雄は路地裏に身を滑らせ、ひやりとした灰色の壁に背中を預けた。身体に纏わり付く汗が冷えて気持ちいい。静雄は、深呼吸をして目を閉じた。 馬鹿馬鹿しい、と思う。 こんな暑い日に、自殺行為のような灼熱鬼ごっこ。 しかも学校を飛び出して町中まできて、自分は一体なにをしているのだろう。 きっかけはほんの些細なことだった。正直、覚えていない。 これはいつものことだから気にしたことは無かったが、よく考えれば可笑しい話だ。 何に対して怒っているかも解らずに、こんな糞暑い思いをして追い掛けているなんて。 だんだんと頭が冷えてきた。汗は冷たくなり、少し寒いくらいだ。 けれど頬に集中した熱は少しも引いてくれない。理由が解っているからこそ、尚更。 くそ、なんで俺だけこんな想いをしなくちゃならないんだ。 きっと一方通行な想いは、とても残酷で。静雄はいつでも追い掛けることしかできない。 冷たくなった両手で、ぴしゃりと頬を叩く。瞼の裏には、小さくなっていく黒い背中がくっきりと映っていた。 「おーにさーんこーちら」 声がして勢いよく目を見開くと、目の前に臨也の顔があった。余裕のある笑みを浮かべて、赤い目を細める。 静雄の身体は一気に熱を取り戻し、顔だけでなく全身が熱くなった。また汗がじわりと滲む。 薄暗い路地裏は、都会の喧騒が遠い世界に思えるほど静かで、2人だけの世界にいるような錯覚に陥る。 臨也とこんなふうに向き合うのは初めてのことで、静雄は上手く目が合わせられなかった。 「シズちゃんどうしたの?いきなり居なくなるなんて酷いなぁ。もしかしてバテた?」 「…うるせぇ。手前に付き合ってやるのがめんどくさくなっただけだ」 「別に俺、シズちゃんに追い掛けっこに付き合ってほしいなんて頼んだ覚えはないんだけどなぁ」 「……うぜぇ」 静雄は、頬を覆っている手にさらに力を込めた。ずきり、と胸が少しだけ痛んで、羞恥で顔が熱くなるのが解る。 臨也はそれを知ってか知らずか、静雄の手首を掴んで頬から引き離した。 恥ずかしくなって手を振りほどこうとしても、なぜかいつもの力は発揮されなかった。 「っ…!離せよ…!」 「ほんとは解ってるんでしょ、シズちゃん」 「な、にがだよっ…」 「…解ってるくせに」 臨也はもう片方の手で、熱い頬に優しく触れる。臨也の手は冷たかった。ひやりとした感覚に、肩が跳ね上がった。 ――…解ってる。だけど、解っていないふりをしていた。 この顔の熱さも、臨也を追い掛ける理由も、この気持ちの名前も。 解っているからこそ“ふり”を続けなければいけないのだ。 こんな、想い。 「わかんねぇよ」 目を逸らしたままそう呟いた。臨也がどんな表情をしていたかは解らない。けれど、なんとなく想像はついていた。 臨也は静雄の手首を離すと、それをそのまま頬に持って行った。静雄の顔は、臨也の冷たい手で包まれる。 強制的に正面を向かされ、逃げ場がない。自分が映っている瞳は驚くほど綺麗で、空に浮かんでいた真っ赤な太陽を彷彿とさせた。 「ねぇ、もうやめにしようよ、こんなこと」 綺麗な形をした唇が言葉を紡いだと思ったら、それはすぐに静雄のそれと重なった。 生温くて柔らかい感触が唇に伝わる。 ちゅ、と小さな音を立てて、すぐにそれは離れていった。 一瞬の出来事に理解が追い付かなくて、静雄は目を見開いたまま瞳の中の自分を見つめる。 「な…んで、今…」 「つまり、そういうことだよ」 余裕そうな顔でそう言った臨也の顔はみるみるうちに赤く染まって、静雄と同じようになった。 あの、太陽の下でも涼しげな顔をしていた臨也が、だ。 恥ずかしくなったのか、頬にあった手で両目を塞がれる。 「俺もシズちゃんも、きっと同じだから」 「なんだよ、それ…」」 つまり、ずっと両想いだったわけか。 静雄はやっと理解して、さらに心拍数を上げた。どくんどくんと、左胸が存在を主張する。 きっと、臨也も自分と同じなのだろう。掌から微かに鼓動が伝わる。 「解り辛ぇんだよ、ノミ蟲」 「シズちゃんこそ人のこと言えるような立場じゃないんだからね?」 臨也の掌を剥がしてやると、ばつが悪そうに視線を離された。それが可笑しくて、静雄は自然と笑みを零した。 end あ、なんかこの話すごい恥ずかしい!笑 片思いからの両思い話大好きですv |