おはなし | ナノ




離れてから気付くこと








静雄は、片手で器用にサングラスをかけると空を見上げた。
青色のレンズ越しに見える空は色を持たなくて、曇り空のようだ。

静雄はこの空の色が好きだった。眩しすぎる空は、どうしても学生時代を思い出してしまう。
静雄にとってそのころの記憶は、なによりも早く忘れ去ってしまいたいものだった。

来神高校に入学してからの3年間、殆どの記憶には必ずあいつが居て。
毎日殺し合いをした。追いかけっこをした。くたくたになるまで、毎日毎日。
あいつのことは、本当に嫌いだ。大嫌い。心の底から殺してやりたいと思うほど。
……なのに。


(あー、ちくしょう)

今この町には、どこを探しても臨也の姿はない。
あの学ランも、黒髪も、鮮血のようなあの瞳も、高校卒業以来1度も目にしていない。
あれからもう1ヶ月は経ったであろうか。こんなに臨也と顔を合わせないのは、出会ってから初めてのことだ。

静雄は、言葉に表すことのできない虚無感を感じていた。心のどこかがぽっかりと空いたような、どうしようもない感覚。
寂しい、というのは違う気がする。そんなものではなくて、もっと、重大なものが欠けているような。

静雄はそれを認めたくなくてかぶりを振る。
そんなはずはない。こんなの、ただの思い過ごしだ。

静雄はバーテン服のネクタイを締め直し、池袋の雑踏へ紛れて行った。
もうあの制服のころには戻れない。
臨也と毎日殺し合いをした日々はすでに過去の話だ。早く棄て去ってしまわなければ。
心の中でそう呟く静雄の足は、自然と早足になっていた。














「臨也じゃないか!久しぶり!」

いきなりの来訪者に、新羅は目を丸くさせながら声のトーンを上げた。

「卒業以来だからねぇ。新羅、医者になったんだって?」

「ああ、闇医者だけどね。まぁ上がりなよ」

臨也は出されたスリッパを履き、新羅の後ろについてリビングに入った。
そこには、毎日ケガの治療に訪れていたあのころと何も変わらない空間が広がっていた。
散々喧嘩して傷だらけになった後にも係わらず、ここでもまた殺し合いをして傷を増やして、何度新羅を怒らせただろうか。臨也も静雄も、そんなことはお構いなしだったけれど。
臨也は懐かしくなって、思わず頬を緩ませた。

「なんだか、遠い昔の話みたいだね」

「…なんの話だい?」

「君たちが毎日のように傷だらけでうちに来ていた頃の話だよ。今、臨也も思い出していたんだろ?」

新羅はコーヒーを煎れながらニコニコ笑っている。
臨也は、新羅に胸の内を読まれたことに表情を歪ませた。

「まぁ、新羅には迷惑かけたね。でもおかげで治療の腕が上がっただろう?」

「事実そうなんだけど、そんな悪びれもなく言われると肯定したくなくなるなぁ」

新羅は苦笑いをしながら、テーブルにマグカップを2つ置いた。臨也はソファーに腰を下ろし、それに手をつける。新羅もその向かい側に腰を下ろした。

「……それで、今日はなんの用事で来たんだい?まさか、タダでコーヒーを飲みにきただけってわけじゃないだろう?」

臨也はコーヒーを一口啜り、少しの沈黙のあと口を開いた。

「用事というか、仕事で池袋に来たから懐かしくなって寄ってみただけだよ。もしかして迷惑だったかな?」

「いや、迷惑ではないけど……。なんだ、僕はてっきり静雄のことでも聞きに来たのかと思って」

新羅がそう言った瞬間、臨也のマグカップを持つ手がピクリと跳ねた。

「シズちゃんのこと聞きに?まさか。気分悪くなるからやめてよ」

「はは、ごめんごめん。君たち、意外と仲良かったからさ、気になってるかと思って」

「……は?」

新羅の言葉に、臨也は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
自分と静雄の関係なんて、誰がどう見ても険悪の一言に尽きるはずだ。それなのに、この男は仲がよかった、だなんて。

「新羅、あの3年間何を見てきたのさ……」

「見ていて思ったんだよ。だって、好きと嫌いは紙一重って言うからね。それに、臨也……」

新羅はふと真面目な顔になり、臨也を真っ直ぐ見つめた。

「本気で静雄のこと殺そうなんて思ってなかったでしょ」

「……」

さっと血の気が引いたように、臨也の頭の中は真っ白になった。手に持っていたマグカップはゴトリと床に落ち、絨毯に栗色の染みを作っていた。

「……帰る」

臨也は落ちたマグカップを気にすることもなく、スタスタと真っ直ぐに玄関へ向かった。
それからすぐに乱暴にドアが閉められる音が聞こえ、新羅はため息を吐いた。

「もー、こんな染み作っちゃって…セルティが帰るまでにどうにかしないと」

茶色の染みにタオルを押し当てながら、新羅はさっきの臨也の反応を思い出していた。

「……やっぱり臨也も、自覚はあったんだなぁ」

新羅はもう一度ため息を吐いて、消えることのない染みを見つめた。
臨也の心にも静雄の心にもきっと、消えない染みのようなものが纏わり付いているんだろう…――










*
続きます!
卒業してすぐシズちゃんが
働いてたりとか、貞造すみません;


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