おはなし | ナノ




桜が咲くころに、君はもういない









 屋上の扉を開けると、ひやりと冷たい風が静雄の頬を撫でた。なにか羽織るものを持ってこればよかったと後悔したが、また教室に戻るのは気が進まず、諦めて寒空の下に踏み出した。
教室には、ここよりも冷たい空気が流れているような気がする。ピリピリする受験生たち。沈黙の中に文字を書く音だけが響く空間。静雄はそれに耐えられなかった。
高校3年の冬ともなれば当たり前の光景なのかもしれないけれど、受験しない静雄にとっては異空間だった。

それは違うクラスの臨也にとっても同じことだったようで。


「「…あ」」

静雄の視線の先に、フェンスにもたれて座る臨也の姿があった。
お互いに表情を引き攣らせ、ため息を吐く。前言撤回。まだ、あの教室のほうがマシかもしれない。
静雄はこのまま教室に戻ろうと、屋上のドアに手を掛けた。

「シズちゃん」

立ち止まって振り返ると、臨也がこちらを見ていた。

「教室に戻るの?」

「ああ」

「あの空気がイヤで来たんでしょ。居ればいいじゃない」

「手前と同じ空間に居るよりはマシだ」

「だったら離れて座ればいいでしょ。屋上広いんだから」

「……」

「あんなとこいたら息が詰まるよ」

そう言って、臨也は視線を携帯に移した。
いつものような腹の立つ言葉も行動もなく、静雄は逆に驚いた。ドアノブに掛けていた手をすっと戻し、ドアに背を向けた。

静雄は黙ってすたすた歩き、臨也から5メートルほど離れた場所に腰を下ろした。地面は氷のように冷えていて、座った瞬間身震いをした。
2人は黙ったままで、時折吹く北風が低く唸るくらいだ。未だかつて、こんなに静かな時間を同じ空間で過ごしたことなどなかった。
不思議とそれは嫌なものでなく、逆に心地がいい。臨也の作り出す空気感が、静雄は嫌いではなかった。

「…手前は、いいのか」

「なにが?」

「受験勉強しなくて」

「シズちゃんこそしなくていいの?」

「俺は大学行かねぇから」

「へぇ、俺も同じ」

思わず、静雄は臨也に話し掛けていた。お喋りが嫌いな静雄には珍しいことだ。
臨也はそんな静雄に、携帯を弄りながら言葉を返す。


「俺さ、卒業したら新宿に引っ越そうと思ってる」

「……新宿?」

静雄は、無意識にその単語を口にしていた。

「だから、卒業したらもう会えないね」

臨也が、居なくなる。池袋から、俺の世界から。
解放される。こんな糞みたいな毎日から。ずっと望んでいたことだ。

「…そりゃあ、清々するな」

少しだけ、胸がちくりとした。
その言葉は嘘ではないけれど、本当でもない。それを静雄は解っていた。
この3年間で芽生えたものは殺意だけではなかったのだ。

「俺も清々するよ。もうシズちゃんの顔を見なくて済むと思うと。…けど、」

少し寂しいかな、と北風に掻き消されてしまいそうな小さな声で呟いた。

静雄は、確かに届いていたその言葉を聞こえなかったフリをして、体操座りをした足に顔を埋めた。冬の寒さが身体を震わせる。耳や鼻の先がツンと冷たい。

「シズちゃん、寒くないの?」

声がして少し顔を上げると、携帯から視線を外した臨也と目が合った。
ずっと憎らしいとしか思えなかった赤の瞳が、とたんに綺麗に見えた。
目を細めて、静雄だけを見る。

「となり、来る?」

そう言って臨也は、自分の肩に掛かっている大きめのブランケットを静雄に見せた。

静雄は数秒考えた後立ち上がり、臨也から視線を逸らしたまま歩み寄って行った。
臨也の隣まで行くと、そっぽを向いたまま少し離れて腰を降ろした。

「俺と同じ空間、嫌なんじゃなかったの?」

「寒いよりはマシだ」

臨也は目を細めると、静雄の隣に寄り添って座った。
静雄は一瞬肩を震わせたけれど、嫌がることはなく臨也の好きにさせた。
1つのブランケットを2人で分け合っている姿は、まるで恋人同士のように見えた。

何を喋るでもなく時間は流れて行く。
静雄はこのぬくもりを忘れないように、目を閉じて臨也に身を寄せた。

臨也が居なくなるまで、あと少し。






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続く…かもしれないです 笑


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