不器用な想いを受け止めて |
もうすぐ卒業だね、と臨也は寂しそうに呟いた。 人気のない屋上に、人影が2つ。それらは少しだけ離れて、フェンスにもたれ掛かっている。 2人の背後には、もうすぐ開花しそうな蕾をたっぷり蓄えた桜の木が立ち並んでいる。 淡いピンクと水色の水彩絵の具のような空が、寂しさをさらに演出しているようだった。 優しい春風が、ふわりと2人の髪を揺らす。 「本当に毎日毎日、追いかけっこだったよね。おかげで俺の高校の思い出、シズちゃんしかいないよ」 「…それはお互い様だろうが」 「はは…そうだね」 臨也は、春風に似た柔らかさでふわりと笑う。静雄は思わず、どきりとしてしまった。 「俺はさ、結構、楽しかったよ」 臨也は、フェンスをよじ登り、その上に腰を下ろした。足を宙に投げ出してぶらぶらさせている。きわめて危険な光景だが、不思議と危なっかしくなく、静雄は臨也を見上げた。 「…俺も、意外と楽しんでたのかもな」 「えっ?」 静雄は、独り言のように呟いた。 臨也は目を丸くさせ、静雄を見下ろす。 静雄は臨也とは目を合わせず地面を睨んでいた。 今、結構衝撃的なこと言わなかった?と聞きたかったけれど、聞き間違いだったような気がしてきて口をつぐんだ。 「…手前のおかげで、毎日毎日喧嘩浸けだったよ。俺は暴力が大嫌いだっつうのに」 「はは、俺のこと、殺したいくらい憎い?」 「まあな。手前なんかさっさと死んじまってほしい」 静雄は苦笑いを零して、臨也を見上げた。 その表情を、臨也は初めて見た。こんなふうに優しく笑いかけることなんて、1度も無かった。 だから臨也は、静雄の次の行動を見逃してしまった。 静雄は右手を勢いよく臨也の座るフェンスの真下に叩き込んだ。 フェンスは塵のように砕け、臨也の身体は宙に投げ出される。 死を直感した臨也の脳内は、冷静に事態を分析した。 ああ、俺、シズちゃんに殺される―― 意識がスローモーションになり、思考が交錯する やっぱり、さっきのは聞き間違いだったのか。楽しかったのは、俺だけで。 もしかしたら、シズちゃんも俺と同じように思ってくれていたかもしれないなんて、とんだ自意識過剰だった。 シズちゃんは、ずっとずっと…―― 俺のこと本気で殺したかったんだ。 「――…っ!」 と、薄まりつつある臨也の意識を、強い衝撃が引き戻した。 静雄の手が臨也の手を力強く掴んでいる。 重力に逆らった臨也の身体が、静雄の腕一本で繋がれる。静雄が少しでも力を緩めれば、地面にたたき付けられて確実に命を落とすだろう。 春風に臨也の命が揺らされる。 「…早く、殺さないの?」 「……」 「シズ、ちゃん?」 静雄は臨也の手を強く握った。 「殺したいのに、殺せねぇんだよ」 本気で殺したければ、こんな風に助けたりしないはずだ。宿敵を倒す絶好の機会なのだから。 臨也は、またふわりと笑った。こんな危険な状況で笑うなんて、と思いながら、静雄は顔を赤くさせた。 「これ、シズちゃんなりの告白だと思っていい?」 ** なんて不器用なシズちゃん!笑 シズちゃんの臨也への強い執着は殺意でしかないはずなのに、いつの間にか殺意がなくなっちゃってたお話でした。 |