月光 |
今日は月が綺麗だ。 新宿の灰色の空に、まん丸な月が昇る。 光を遮るものはない。月の周りに虹色の輪をかけるほどに輝きを放っている。 臨也は、カーテンのない大きな窓からそれを見上げた。 「シズちゃんの髪みたい」 臨也はぽつりと呟いた。誰もいない部屋で、これを聞いている人は誰もいない。つまりこの呟きは心の声そのものといえた。 今宵の月光は、容赦無く部屋を照らした。電気をつけていなくとも部屋全体が見渡せる。 薄暗い部屋の床は、月明かりで黄金色に濡れていた。 会いたい。 臨也は唐突にそう思った。 寂しい空に浮かぶ明る過ぎる黄金が、金髪の彼を想像させた。 孤独で、近寄りがたくも見えるけれど、本当は何もかもを包み込んでしまうほど暖かい。 満月を見つめれば見つめるほど、静雄を思い出してしまう。 臨也はこれほど、この大きな窓を作ったことを後悔したことはない。カーテンでもつければよかった。 この月が、月光が見える限り、会いたい気持ちは無尽蔵に増え続けてしまう。 ああ、会いたい会いたい。 あの髪に触れたい。くしゃりと撫でたい。 きっと彼は頬を染めて嫌がるだろう。うざいだとか死ねだとか言うだろう。 だけどどうしようもなく、愛おしくて。 会いたい、会いたい。 会いたい。 そのとき、静寂に軽快な音楽が鳴り響いた。 窓辺で黄昏れていた臨也はハッとして、後ろにある机に目を向ける。 鳴りつづける携帯のサブディスプレイに表示された名前は、紛れもなく、愛しい彼の名前。 臨也は柄にもなく、慌ててそれを手に取り、耳に押し当てた。 「もしもし」 『…もしもし』 耳元から聞こえてくるのは、紛れも無く金髪の彼の声。臨也の想い人。今、世界でいちばん会いたい人。 臨也は、嬉しさと驚きで声が震えてしまいそうだった。 「珍しいじゃない、シズちゃんからかけてくるなんて。どうしたの?」 『…別に、用事はない』 「はは、なにそれ。俺の声が聞きたくなった?」 『っ…!誰が手前なんかの……』 静雄は、そこまで言って黙ってしまった。どうやら図星だったらしい。恥ずかしさからか電話越しに舌打ちが聞こえた。 臨也の胸の内に、ふつふつと暖かな感情が込み上げる。 「ほーんと、シズちゃんて可愛くないよね」 『…うぜぇ』 「でもそこが可愛い」 『どっちなんだよ』 はは、と静雄が笑った。 きっと少し頬を赤くしているだろうか。その笑顔を見ることができなかったのがたまらなく悔しい。 臨也の足は自然と玄関へ向いていた。 今から行く。 一言だけ告げて部屋を出た。 満月の夜、月光に照らされたのは、静雄への想い。 思い出して堪らなくなって会いに行くなんて、自分も人間らしくなったなぁと思う。 ずっと一人きりで生きて行けると思っていた。思い込んでいた。 だから今日自覚した想いに、臨也は少し顔を赤くさせた。 寂しい、だなんて。 ** そのままシズちゃんちに転がり込むがいいよ!← |